裁判事例   借上社宅での従業員の自殺と使用者責任 |  NPO法人日本住宅性能検査協会 建築・不動産ADR総合研究所(AAI)

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裁判事例
借上社宅での従業員の自殺と使用者責任
     

東京地裁判決 平成13年11月29日
(判例集未登載)

《要旨》
 借上社宅として利用されていた貸室で社員が自殺した事案において、賃料差額2年分の損害賠償請求が認められた事例

 

(1) 事案の概要
 平成11年3月、業者Xは、一括賃借しているマンションの一室を、Yに期間2年、賃料月額4万8千円で転貸する契約を締結した。本件貸室は、Xの転貸開始以前からYに対し賃貸されており、Yは本件貸室をいわゆる借上社宅として使用していたもので、平成3年よりYの従業員であるAが住居として使用していた。
 平成13年1月、本件貸室においてAが自殺しているのが発見され、翌2月、XとYは、賃貸借契約を解約することに合意し、2月末日、Yは本件貸室を明け渡した。なお、合意解約に当たり、YはXに対して本件貸室の2か月分の賃料と、その遅延損害金及び修繕費の合計額から敷金を控除した残金の46万円余を支払った。
 しかし、Xは、以後、10年間にわたり従前賃料の半分でしか賃貸することができなくなり、損害(得べかりし利益の喪失)を受けるとして、Aの使用者であるYの債務(善良なる管理者の注意をもって本件貸室を使用し保存すべき債務)不履行に基づく損害賠償を求めて提訴した。

(2) 判決の要旨
 (ア)貸室において入居者の自殺があると、通常人からみて心理的に嫌悪すべき事由(心理的瑕疵)があるものとして、通常の賃料額よりもかなり減額した賃料額で賃貸せざるを得ない。実際にXは本件事故を告げたうえで他に賃貸したが、その賃料は従前の半額強であった。
 (イ)YはXに対し、本件賃貸借契約上の債務として善良なる管理者の注意をもって本件貸室を使用し、保存すべき債務を負っていたというべきであり、その債務には通常人が心理的に嫌悪すべき事由を発生させないようにする義務が含まれる。
 (ウ)Yは、履行補助者たるAが本件貸室において自殺したことにより債務不履行があったものと認められる。
 (エ)本件のような貸室についての心理的瑕疵は、年月の経過とともに稀釈されることが明らかであり、本件貸室が大都市に所在することを斟酌すると、2年程度を経過すると瑕疵と評することはできなくなるとみるのが相当である。
 (オ)よって、Yは、Xが平成13年6月から2年間、1年間当たり24万円の得べかりし利益を喪失する被害を受けたので、その損害の現価から、中間利息を控除した43万円余について支払え。

 

(3) まとめ
 本判決は、自殺事故の心理的瑕疵の払拭に関して、一つの事例を示しているが、自殺事故に関する心理的瑕疵が減失したとする判断は、事故に関する周辺住民の記憶、事故の状況、当時の報道内容、事故後の貸室の使用状況等および貸室のタイプ(単身者用、ファミリー用)等、事例ごとに様々であると考えるべきであろう。