第1回 任意売却 <伊坂重郎 氏 ・ 認定司法書士> |  NPO法人日本住宅性能検査協会 建築・不動産ADR総合研究所(AAI)

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■■ 第1回 任意売却


【ご挨拶】
はじめまして。司法書士の伊坂と申します。私のコラムでは、日常の法的トラブルや法的手続について、法律になじみのない方を対象にご紹介させていただこうと思っております。なるべく分りやすい記述を心がけるつもりです。よろしくお願いいたします。
第一回目の今回は、日本住宅性能検査協会で現在非常に相談件数が増加しているという「任意売却」手続について、どのようなものであるかをお話しする事にします。

【任意売却って?】
 最近よく耳にする「任意売却」ですが、具体的にどのような手続なのかご存知でしょうか。これは住宅ローンの返済がうまくいかなくなってしまった場合に行う債務の処理手続きの一種なのですが、パッと見た言葉のイメージでは、普通の売却とどこが違うのか分りづらいかもしれませんね。

 住宅ローンを全額返済し終えていない状況で、収入低下など不測の事態が発生すると、住宅ローンが生活費を圧迫し始めます。現在の収入に見合ったお家に引越できれば、必要以上に生活水準を下げなくて済む、という事になります。
マイホームを売却してローン残額を一気に返済してしまう事ができれば話が早い。(これができる場合は任意売却ではなく、単純な売却というカテゴリに分けることができます。)

 しかし、マイホームを売却する際にやっかいなのが、住宅ローンの契約時にマイホームと土地につけられた「抵当権」又は「根抵当権」です。これを担保権と呼びます。「もし返済が滞ったら、この家と土地を競売で売って、売却金額からローンの返済を受けますよ」という権利を指します。(競売にかけられて売却されるのは強制売却と言います)

 担保権は、原則として借金の全額返済が完了した時に自動的に消滅します。逆に言うと、「全額返済が終わっていないならば、消滅せずに残る」という事です。担保権が消滅していない状態で家と土地を買っても、前の持ち主さんの借金の返済が滞れば、後の持ち主さんがそこに住んでいるいないに関係なく、競売にかけられてしまうのです。こんな不安定な不動産を好んで購入しようとする人はまずいませんから、抵当権や根抵当権がついたままでの売買は原則としてできません。

 住宅に担保権がついていると、返済によって消滅させない限り売却できない。そこで通常の不動産売却では、住宅ローン残額を、住宅の売却金額(買主さんが支払った金額)で一括返済する約束をします。そうすれば担保権は消滅しますから、買主さんも安心してその住宅に住むことができるわけです。

 では、売却した金額を全部返済にあてても、住宅ローンの残額に届かない場合はどうなるのでしょうか。これは基本的にはアウトです。全額返済をできない以上、担保権は消滅しませんから、不動産はいつ競売にかけられるか分らない不安定な状態となり、買い手もつかない事になってしまいます。ここで出てくるのが「任意売却」の手続なのです。

 長々と前提を書いてしまったのでまとめます。
①担保権とは、ローンの返済が滞ってしまった時に対象物件を競売にかける権利です。
②担保権は、ローンの返済が完了すると自動的に消滅します。
③担保権が消滅していない状態での住宅の売却は、まずあり得ないという事になります。

任意売却は、②の部分に着目して考える手続です。

担保権は、ローンの返済が完了していなければ「自動的には」消滅しません。しかし、住宅ローンの貸し付けを行った金融機関が、「もういいよ」と「任意に」担保権を消滅させてくれれば話は別です。この場合は、担保権が消滅するのですから、不可能であるはずだった住宅の売却が可能になるのです。

【任意売却のしくみ】
金融機関が、任意に担保権を消滅させてくれれば売却が可能ということはご理解いただけたと思います。しかし、金融機関が、せっかくつけた担保権を任意に消滅させてくれるという事が起こり得るのでしょうか?

金融機関が担保権の消滅に同意してくれるのには理由があります。その理由は、ズバリ「競売にかけるよりも、通常の売却手続きに乗せてしまった方が高値で売却できる可能性が強い」ということです。

競売とは、競り売りですから買い手はなるべく安く物件を買おうとします。ですから、通常の相場の5割から7割程度での落札が多くなっています。一方、任意売却は通常の売却ルートに乗せてするものですから、より相場に近い金額での取引が望めます。(急を要するため、通常の相場よりは若干安値で買い手を探すことになります)

金融機関としては、「競売にかけても全額の返済が無理なのだから、通常の売却をしてもらって、その売却金額を返済に充ててもらった方が良い」という事になります。ですから、任意売却の売却金額を全額返済に回します、という約束をすると、担保権の任意消滅に同意をしてもらえる場合があるのです。

担保権を任意に消滅させてもらえたとしても、ローン残額の返済が免除されるわけではありませんから注意を要します。あくまでも、「この不動産を競売にかけるよ」という権利を消滅させてもらうだけです。ローンを全額返済すれば担保権は自動消滅しますが、担保権が任意に消滅したからと言ってローンを全額返済したことにはなりません。

【任意売却のメリット】
 それでは、任意売却を実施する事によって利用者の方が得られるメリットは何になるのでしょうか。
①競売されるよりも、高額で物件を処分できる可能性が強いため、ローン残額がより多く減るという期待が持てる。
②現在の収入状況に見合った生活にシフトチェンジできる。
③競売の場合よりも、物件の引き渡しなどがスムーズに行える。
④ローンの元本が大幅に減るため、月々の返済額や利息計算が有利になる。
 等々が考えられます。

「住宅ローンだけは維持してマイホームを守りたい」という方は個人再生という手続が用意されていますからそちらを利用することになりますが、任意売却は逆に「マイホームを手放して、生活環境を改善したい」と考える方向けの手続です。

【最後に】
 競売手続が進行してからでは任意売却手続の成功率も低下します。(買い手を見つける時間が少ないため)
 住宅ローンが生活を圧迫している、とお感じになった時は、このような手続もあるという事を考慮し、なるべく早い段階で専門家にご相談いただくことをお奨めします。


お問い合わせは:03(5847)8235 日本住宅性能検査協会 相談係