(京都)
おはようございます。
ヤモリです。
疲れている時の
休日の過ごし方について
考えてみようと思う。
年を取ったら
この疲れている状態が普通になる
時が来るだろう。
今日朝に駅のプラットホームに
到着するまでに
「はぁ、疲れた、しんどい」
と言っているお爺さんがいた。
年齢は75歳くらいか。
いって80歳だと思う。
痩せ型で体重が重そうなわけではない。
むしろ痩せ型だ。
仕事柄、年配者をよく見るが
一往に元気な元気な人が多い。
あんなにも
「疲れた、疲れた」
と言うような人は見たことがない。
終活するような人たちは
実は年齢よりもずっと元気なのだ。
そして自分の母親も
そうであるように
75歳で動けないわけではないが
歩くとすぐにバテる人もいる。
今日見たおじさんは
それと同じである気がする。
年をとって大事なことは
「目標があること、やらなきゃいけない事がある人」
だと思う。
つまり
「目標を持たざるを得ない環境に立っている人」
「動かなきゃいけない環境」
を持っている人は元気で
目標がない人、やる事がない人は
元気じゃないということだ。
私は現在の休日の過ごし方を
「なんとかやる事を見つけて動く」
というスタイルで生きている。
休日はとにかく何をするにも億劫だ。
毎日やっている朝のストレッチでさえも
「めんどくさいなぁ、今やらなくても」
と考えてしまう。
平日=時間制限があり、今やらなきゃできなくなる
休日=時間制限がないため、今やらなくてもいいと感じてしまう=やらなくなる
という状態の変化で
いつもやっている些細な事でさえ
めんどくさく感じてやらなくなるのが
休日という時間だ。
つまり休日=目標や義務がなくなる日
と置き換えてもいいと思う。
目標がない日が続くと
どんどんと体は劣化する。
たった一年で驚くほど体は
動かなくなり
目標がないだけに行動する要因がないので
戻る可能性は極めて低くなる。
だからこそ
「好きなことを見つけて動く」
という行為は年を取ると
より切実に大事な事になっていくのだ。
何かをするにはお金がかかる。
「公園で散歩」
なんて一生続かない。
もって数日だ。
ウォーキングも
目的なしにはできなくなる。
つまり健康が大事だとわかっていても
健康な行動ができなくなるのが
「休日」という魔物なのだ。
①お金のかからない趣味をたくさん持つこと
②「人生でこれをやっていたい」という目標を持つこと
ブログを見つけた自分、グッジョブ。
カラオケの趣味を見つけた自分、グッジョブ。
食べるのが好きな俺はお弁当作りも好きになった。
でも足りない。
しかもカラオケは安価ながらお金がかかるし、
どっちかというと
だらけてしまう趣味だ。
俺にとってウォーキングは趣味ではない。
「生きてく為に必要な行動」
であるが、休日にわざわざしたいとは思えない。
今自分の心の中では
「これさえ毎日やっておけば、人生健康でいられる」
と半ば本気で思っているから
ウォーキングを毎日に取り入れたいとは
思っているが
今のところ、これはうまくいってない。
なぜならやはり
「ウォーキングに対して目標を持っていない」
というのが大きな理由だろう。
趣味は単発で考えるのではなく
地続きで考える方がいいかもしれない。
お弁当作りは
「外出する際にお金かかるのが嫌だからお弁当を作る」
であり
「作る楽しさもあるから作る」
というのが大きい。
簡単な料理を作るのが好きで
料理は生きる上で
必要だから好きになったのだ。
ウォーキングはどこか
行く目的が決まっている場合に
できる行動だ。
つまり
仕事に行くことが
「日常的に始めから決まっている」
から
「朝起きるのが早い自分を利用して」
「歩ける距離を見つけ出して」
「お得な電車定期を発見して」
「医者に痩せないともうかなりヤバいと言われ」
ようやくできるようになっただけだ。
項目がいくつも重なった結果
続けられている「趣味」というか
「自主的にやっている事」
が見つかっただけだ。
カラオケだって
部屋に閉じ籠る性格に
マッチしたおかげで
見つけた趣味だ。
だから今日でも
朝一で歌ったあとは
ひたすら飲み食いして
動画見て寝ていたのだ。
「お金の無駄なんじゃない?」
確かに無駄かも。
しかし休日ごとに
マクド行ってブログ書いて終了、
なんてのがずっと繰り返されるのも
すぐに飽きてしまう。
人って好きな事して
生きていけるのだろうか?
音楽で注目を浴びている人たちの
映像を眺めながらブログを書いているが
この中で何人が好きなように
歌っている人がいるのだろう?
好きな事を追求してなったというより
好きな事を得意にして
ある程度はなんでもいいから
歌って仕事できる環境に飛び込んで
言われる歌を歌っている人の方が
多いような気がする。
その中で楽しさを
見つけ出しているのではなかろうか?
話はずいぶんズレてしまったが
じゃあ今の俺の趣味は
「健康」「目標」
に近づいているのかというと
「決定打にはならない」
というのが現実だ。
年をとって目標が
なくなってからの事は
その時に考えればいいのかもしれない。
その時新しいものが
見つかると思う。
しかしだからといって
じゃあ仕事している今は
これ以上趣味も目標も
なくていいのか?
と言われると全くそうではない気がする。
外出する趣味を
ずっとぼんやりと探している。
ブログを書いていたら
いつの間にか時間は過ぎている。
マンションを探しているので
それを探したり検索したり。
気になったものを検索しながら
ブログ書いたり。
3時間くらいはあっという間に
過ぎていく。
1つの場所に疲れたら
移動したらまた書ける。
今は朝弁当作り〜電車で梅田〜ブログ〜
検索した中で気になる行動をする〜
茨木マイカルでお弁当とコーヒーで
ブログ&動画見て終了
という一日の流れが出来上がる。
なんだか
「何かを探して彷徨っている」
という感じだな。
その時間が好きなんだろう。
しかしもう少しなんか
欲しいと思っている。
ブログとカラオケ。
(料理は別)
何か好きなものを見つけるというより
何かやらないといけない事を見つけたい。
そう、好きになるかはわかんなくても
やってみて利益が生じるもの。
次に探すのはやはり
「副業」なのかも知れない。
いや、当初の目的から
外れてしまった。
「疲れてる時の休日の過ごし方」
だったよな。
この前提条件として
「何かしなきゃいけない、という焦燥感」
「また家に閉じ籠ってしまうのか、という不安からの焦り」
という心情から何か考えようとしている。
なので基本は疲労していても
外出をしても問題ない
過ごせる過ごし方を探している、
という事になる。
そうなると温泉とかがイメージできるが
俺は温泉、実はそんなに好きではない。
一時ハマったが、
「元を取れるようにサウナ頑張る」
とかになっていて
その興味がなくなったからやめたのだ。
明日の活力に、
と考えるのが普通だったよな。
じゃあ温泉で一日過ごしてもいいのか?
という発想になるが
そこはそうでもなかったりする。
またさらにスーパー銭湯でお弁当持参が
許されている所はなさそうだ。
しかし軽食を購入して
食べていいならいいのだが。
あればめちゃくちゃ
行くポイントになるんだけどな。
お弁当食べれる場所って
意外と少ない。
どこも食べてもらうことで
経営が成り立っているんだろうな。
だからこそ俺は
そのお金を使いたくなくて
お弁当を作っているんだから
まあ当然と言えば当然か。
しかし一回こっそりと
持っていって試してみようと思う。
お菓子を購入して
それと一緒にお弁当を食べる。
、、、やっぱやめた。
後ろめたい行動は長続きしない。
じゃあお弁当持っていっても
お腹空いたら出る、
というのはありかも。
愉快の湯〜イオンモール四條畷
という流れならアリだ。
おお、見つけた。
やってみたい。
5時起床〜弁当作成〜出発
(弁当、タオル2枚、Tシャツ2枚)
8時到着(890円)
温泉〜ジム〜温泉〜漫画
(14時)
〜イオンモール四條畷
コーヒーとお弁当(130円)
〜18時帰宅(合計1020円+ガソリン代)
これならアリだ。
ジムも行けるので試してみよう。
今後のキーワードは
「マイカルに行ける範囲」
かな?
本日も最後まで読んで頂いて、
本当にありがとうございました。
ほなまたね〜😆


