(かわいいからつい採用してしまった)
おはようございます。
ヤモリです。
今日は早速の2回目のブログ。
今日は商店街がお祭りで
そのせいか買い取りが全くこない。
浮き沈みの激しい店だ。
なので溜まりに溜まっていた
ヤフオク出品に
時間を割くことができる。
昨日までは全く
やる時間が作れなかったからね。
しかし私は出品作業が嫌いだ。
なんだかめちゃくちゃやる気が出ない。
自分でもなぜ
やる気が出ないのかわからない。
それでもやる気はでない。
なのでこまめに休憩を挟んだり、
普段は摂らないお弁当の一部を
早目に食べたりと
なんとかヤフオクから
逃げようとする自分を
騙し騙し鞭を打って
やっていくしかない。
ストレッチをして
伸びていない筋肉の筋を伸ばすと
気分が一新されるが
それだけでは足りない。
こまめに気分をリセットしながら
リフレッシュしてやるしかない。
これが俺の今の限界だ。
ブログ書くのもストレス解消になる。
気分をリセットするために
書くしかない。
これをサボりというのか?
今まではずっとそう思っていた。
しかし休憩時間を
分割してやっているだけだし
この仕事は特に結果重視だ。
なので気分転換をして
ようやくその作業に
向き合えるようにするしか
今のところは方法が
見つからないのだから仕方ないと思っている。
(そうしないといつまで経ってもやらない自分が出てきてしまう)
嫌な作業でも
やらなきゃいけないから
なんとかやる方法を
模索した結果なのだ。
まあ、バレたら怒られるが。
なので、リフレッシュするまで
調べて書くのだ。
休日の予定を作ったら
時間がいい感じに進んで
またやる気が出てきた。
ここ数回の休日は
健都ライブラリーに行って図書館に行く。
お弁当も食べられるっぽいが
どうなんだろ?
そこで習い事も調べてみる。
たくさん安価であるので
何かひとつやってみたい。
これが予定になり
休日の活力になるのだ。
来月唯一の連休は
実家に帰ることと
星のブランコに行くこと。
どちらも行ければ
一日徒歩は2万を超すだろう。
休日のタスクをこなすことができる。
そう。
仕事日の自己研鑽パターンは
作れたと言えるが
休日はまだまだなのだ。
休日はとたんに自分が動かなくなり、
しょうもない事も出来なくなる。
(しょうもないからこそ!?)
あまりにも自分が動かないのは
環境設定が悪いからだ。
環境設定は自分で
作らないといけない。
人は(わたしは)怠け者で
「これをやるといいよ」
とわかっていてもやらないのが
通常モードだ。
やらずに後悔する人生が
通常モードになっている。
そんな自分を動かすのは
「その瞬間、自分がやらないと不足していると感じているもの」
だけなのだ。
お腹が減るのは確定しているから
お弁当は作る。
外食という選択肢がないからだ。
トイレも
「いかなきゃいけないから行く」
お腹空いたら
「食べる」
これは欲望を満たすのもあるが
「不足を補っている」
と言えるのだ。
今自分が感じているものの
不足を埋める作業。
これのみが唯一
己を動かす要因だ。
彼女ができたら
「彼女にカッコ悪い体型を見せたくないから痩せる」
「彼女の為に何かプレゼントをして喜んでもらいたい」
これらも「不足」を埋めているのだ。
不足とは
「こうでないと、嫌な思いをするのが明確」
「感情に訴えかける」
ものを瞬間的に感じるものだ。
これを休日に当てはめて
行動を見つけていくのがいいのだ。
休日に掃除しなければ
平日は全く掃除ができないので
「人が来た時に、相手に「だらしない」と思われてしまう」
これは少なくとも
月2〜3回は人が来る、という
環境設定がある場合に限られる。
環境設定を作るのは
環境設定が地続きの時だけだ。
つまり自分の環境を振り返る事も
「不足」を見つけるのに役に立つと言える。
休日は動かない。
TVで一日潰れる未来だけは嫌悪感を抱く。
これは瞬間的に
感じられる内容だ。
今まで散々やってきて
後悔している内容だからだ。
だからこそ
「怠け心が出る前にさっさと家を出る」
という行動が最近は
できるようになってきたのだ。
この感情も万能じゃない。
「物語の誘惑」
があるからだ。
ふとTVをつけてしまう事が多々ある。
そうなるともう時間が
3〜4時間すぎてしまうのだ。
あとそこから突き動かされるのは
「不健康」
の体になっている状態。
体はちょこちょこストレッチして
動かさないと
あっという間に伸びなくなって
その伸びなくなる体が
あっという間に
硬くなって動かなくなる。
体の不快感を常に感じる事が
体を動かす要因になるのだ。
勉強・スキルで不愉快になる方法は
「勉強していなくて、スキルを磨いていなくて、世間体を知っていなくて、愚かな生き方をしている人」
を現実の人で感じる人を見つける事。
自分が底辺だとそこに全く気付けない。
だからなりたいと思う自分に対し、
自分よりその対象もその人物像も
愚かな人を見つけて
その人を常に意識できるように
感じるまで考えながら実行するのだ。
あの人は
「これをしないからこんな人物なのだ」
と結論を感じるまで考える。
そして
「これ」をするために
今自分のできる事の中から
それもできるように応用を見つける。
それをしていれば
「こういう人にはならない」
というものを見つける事ができるのだ。
彼女は思考がぶっ飛んでいる。
それは自分が話す一方で
「何かを追い求め続けている」
からだろう。
お金を使うことで
お金が足りなくなることで
自分を駆り立てていきることができて
自分は進化できる、とでも
思っているのだろう。
「運があれば道は開ける?」
運というのは
「対象内容を正しい道を進んでいく上で見つかるもの」
だと思う。
借金抱えてお金使って
可能性を模索はしているだろうけど
圧倒的に
「無用な借金を持っている人は嫌悪感を抱く」
という事がわかっていないのだ。
それだけで何か必死で
「自分は駆り立てて動いている」
とでも思っているのだろうか?
それは
「実益になる行動をしてこそ」
だと思う。
玉の輿前提で動いているので
自分が「使用<収入」にすることで
お金持ちになろう、
としているわけではないのだ。
つまり「収入」を得る方法を
自分で作成していないのだ。
していたのは
「バイト掛け持ち」だけだ。
お金を稼ぐ方法は
「稼ぐスキル」「稼げる知識」「それを使う環境」
を使う事で得られるものでないといけない。
それらを全て一致させる必要があるのだ。
そして仕事場では
「知識のないやつを馬鹿にする」
というやつが多数占めていて
そうゆうひけらかしの人から
認められたりする。
だからこそ不快感を感じ
そこから勉強しよう、
という発想になれないのだ。
目指すはその上の人。
何も文句を言わず知識を
相手の助けになればと
控えめに言う。
その知識は経験に
裏打ちされているので
当然という感覚だ。
そしてそれは他の上司では
「人に対して」
も同様に言える。
絶対に文句いわない。
いいたくなる事は言わない。
「相手が不快感を抱かないか」
だけを意識して会話している。
不快感と正義があるなら
不快感を起こさない方を大事にするのだ。
「人」が世の中を動かしているんだから
「人」が不愉快になると
巡り巡って自分に返ってくる。
あいつは全く逆を
しようとして勉強している。
しかも仕事時間を横領して。
人を馬鹿にして偉そうにして
自分の地位を確立したいために
勉強しているのだ。
その根底には
「人がよく思わないから自分の立場が危うい」
と感じている裏返しでもあると思う。
しかしこれはエンドレスだ。
だからこそ
50代になった人で優秀は人は
年取ってから
一気に人望を得るのだろうな。
いい加減知識で偉そうにするのが
飽きたというか
そこから起きる面倒ごとが
嫌になったのだと思う。
そしてようやく落ち着いたら
一気に人が寄ってきた、
というパターンではなかろうか。
だからこそ
「突き動かす何か」で
勉強することは必須条件なのだ。
俺は
「あいつのように勉強はしているが、人をけなして、貶めていくような人間になりたくない。それに不快感を覚える。俺は勉強をした上でそれとの会話を楽しめるようなそもそも会話するのが苦にならず、むしろ楽しいと思える人ような会話を持ち上げてくれる人や目的は一緒で会話して勉強しようと思える人と一緒に仕事をしたい。そんな環境を得る為に、その関係のSNS(Xやインスタ)を見るのとブログを書く事から楽しめるようになっていくことでその立場になれる」
つまりもっと略すと
「ブログを書いて、SNSを見て考えることであいつみたいにならないうえに成長できて不快感なく仕事が続けられる」
ということだな。
同じことをやっていても
目的が全く違えば
それは全く違うように成長していくのだ。
俺はそれをやっていく事で
仕事の将来も安心したい。
そうする事により
「こうならないようにこれをする」
と思えて行動できるようになる。
体が動かせない不快感をしょっちゅう感じる事
家でTV三昧で昔みたいに愚かな自分になってしまう想像をする事
あいつみたいにならないながらも安心して仕事に取り組めるようになる
これらを実行していく中で
関わる人と不具合なく関われるように
自分のコンプレックスは解消していく。
喉の手術をして、嫌いなホクロを取る。
この不快感を解消することで
人間関係も解消できるようになる。
うん、ばっちりだ。
人生は確実に前に進んでいる。
あとはこまめにファイルを開く癖をつけることと
勉強ブログを開けることだけだ。
これさえできれば
人生は有意義に続いていく。
将来の勉強とスキル
人間関係と成長の人間関係
体の健康と運動不足
これらが解消される。
本日も最後まで読んで頂いて、
本当にありがとうございました。
ほなまたね〜😆



