生きることと同じように、
否、
時として、
生きること以上に、
死ぬことに意味がある、
ということが分かると、
死が違って見えてくる。

しっかり生きて、
しっかり死にたい。



「大切な痛み」
悲しみで心を痛めている方がいます。
悲しみにはいろいろな種類があります。
そのなかでも、大切な人とのお別れは、つらく悲しいものです。
でも、別れのない人生はありえません。別れは誰もが必ず経験します。
人だけではありません。認知症などの疾患によって、
大事な記憶が薄れること。記憶とのお別れもあります。
ご家族だけではなく、ご本人にとっても、心痛い事態でしょう。
心、というより、魂に痛みが生れるほどの出来事といえるかもしれません。
ただ、悲しみは、ひたすらに否定されるべきものでしょうか。
大切な人、記憶との別れだからこそ、心の痛みは深いのでしょう。
だからそれは、大切な痛みなのです。
そうして、時間が流れていけば、心の痛みも軽くなるかもしれません。
でも、消えるということはないのでしょう…。
悲しみにとらわれてばかりでは辛いと思いますし、
お医者さんにかかる必要もあるかもしれません。
しかし、その大切な痛みと、うまく同居していく、
そんな生き方ができたらいいですね。
私は、悲しみを消す魔法などは持っていません。
たんなる人間ですから、特別なちからなどありません。
ただ、私の願いは、悲しみと共に生きてゆく方々のおそばにいること。
……私がここにいる理由は、それだけです。
沙門 宏人 九拝

●上記は、勤務先の新潟県新津市の医療・介護施設のご利用者さんの家族向けの新聞に、
書いたものです
ペットと一緒にヒトが入れるお墓があります。
そこでは、ヒトとペットの御供養は一緒にやるのでしょうか。

疑いようもなく、「あり」ですね。

自他、人と動物を分ける必要がみつけられません。


四念処・しねんじょ。菩提に至る為の四種の観想。
意訳
①不浄観(私よ。思いあがってはいけない)
②一切皆苦(谷間に咲くエーデルワイスもある)
③諸行無常(明けない夜はない。暮れない昼もない)
④諸法無我(自分の手柄なんてあるの?)

ちゃんとした四念処の意味は、ネットに転がっていますので、そちらをご参照ください。

人が亡くなることにも、人が生きることにも、意味がある。
出会いにも意味がある。別れにも意味がある。
このすべてを、仏様が見ていてくださる。倖・不倖など関係ない。