2025年8月のテーマ
「夏×ミステリー」
第三回は、
「人形式モナリザ」
森博嗣 作、
講談社、 1999年発行
です。
私が持っているのは一番上の単行本版です。
例によって文庫版のデザインもしゃれている…。
前回、前々回のS&Mシリーズが完結したのちに新シリーズとして発表されたVシリーズの第二弾です。
また森博嗣作品かい!との突っ込みが入りそうですが、実は三つの作品のうち「夏×ミステリー」のテーマで真っ先に浮かんだのがこの「人形式モナリザ」。後の二作品はその後連想ゲーム的に決めちゃったというか…。ま、そんなところです。
まずはあらすじから…。
避暑地に建つ私設博物館「人形の館」のステージで上演されていた「乙女文楽(おとめぶんらく)」の最中に、舞台上の演者が謎の死を遂げます。二年前にも被害者一族の男性が殺されており、彼の妻は男性が「神の白い手」に殺されたと証言します。
夏休みの間避暑地のペンションで住み込みのアルバイトをしに那古野から来ていた小鳥遊練無(たかなしねりな)、彼のバイト先に遊びに来た友人の香具山紫子(かぐやまむらさきこ)、保呂草潤平(ほろくさじゅんぺい)、瀬在丸紅子(せざいまるべにこ)は事件の目撃者となり、事件の真相を推理していきます。
もうお気づきかと思いますが、このお話は夏休みの避暑地で起きた事件のお話であり、このシリーズの主人公の一人である大学生の小鳥遊練無がペンションで住み込みのアルバイトをしているというシュチュエーションが、いかにも昭和の夏な感じがするのです。(思春期以降を昭和で過ごした方ならば、共感していただけるのではないでしょうか。え、だめ?)
令和の世でも、大学生の夏のバイトとして避暑地のペンションで住み込みの仕事ってあるのかもしれませんが、昔に比べてペンション自体が減っているような気もするので、今はイメージないかもですね。
ところでさらっと書いちゃいましたが、このお話は昭和後期の頃のお話です。
VシリーズはS&Mシリーズ(1980年代後半?~1990年代が舞台)の一昔前(大体20~25年くらい前)の時代設定になっています。
そのため、当然のことながらスマホどころか携帯電話もなく、通信手段は電話とか無線、郵便になるので、すれ違いや行き違いみたいなことも今と比べて起こりやすいです。
そういったすれ違いとか勘違いが要因で事態がこじれてしまうというのは物語をドラマティックに展開させる手段として小説でよくつかわれてきた手法だし、以前は実生活で事の大小はあれどもみんなが体験していることだったので、私個人的にはすんなりと受け入れて読めます。
小説内ではいつの時代の話だとか明記されていないので、スマホや携帯電話が登場してからの時代しか知らない方にはちょっと違和感があるかもしれません。
あと、もう一つストーリーとは別のところで気になりそうなことを書いておくと、登場人物の名前が独特ってところでしょうか。小鳥遊練無、香具山紫子、瀬在丸紅子、保呂草潤平…全員珍しい苗字です。
名前の方は今では多様化しているので練無や紫子に違和感ないかもしれませんが、小説発表当時はまだ名前に使用できる漢字が今よりも少なかったし、珍しい名前と思わずにはいられませんでした。
最近では漫画なんかではわざと珍しい名前にしているなってことも多いですけども。
随分とストーリー以外のことを書いちゃいましたがストーリーの方はというと、このシリーズも理系ミステリー。…とはいうものの、S&Mシリーズに比べて主人公が多くわちゃわちゃした感じが随所で箸休めになって、前よりも"理系"が前面に出ていない印象です。
この「人形式モナリザ」では、避暑地という人が少ない田舎で特定の一族の人間が殺されるというところがちょっぴり横溝正史さんの金田一耕助シリーズっぽい感じがします。
オカルトの要素も少しあって、あらすじに書いた"事件の二年前に死んだ男性"は悪魔崇拝者で、「神の白い手」に殺されたというのも超常現象的なものを想定した言い方に聞こえます。
どのようにすれば衆人環視の中で殺人が行えたのかという手段を論理的に解き明かすのがミステリー小説というものですが、なぜ犯人が事件を起こしたのかという動機を解き明かすのもまたミステリー小説です。
しかし後者は人の心の中のことなので、これが正解という絶対のものがあるかというとそうではありません。
作者が"答え"として提示しているものを読者が理解して納得できる保証はないし、私はそんな保証はいらないと思います。
前回の「夏のレプリカ」と同様に、このお話もちょっと複雑なミステリーです。読み終わった後にすっきりしないなーと思われるかもしれません。(私は「人間って複雑だからな~」で納得してしまうタイプです。)
また、主人公たちのキャラクターも個性的です。Vシリーズの"V"は紅子の名前からとったものですが、その瀬在丸紅子は没落したお嬢様で小学生の息子とかつての使用人と小さな家で暮らしています。自宅で科学の研究をしている美人で才媛で変わった人。
保呂草潤平は探偵。阿漕荘(あこぎそう)というアパートに住んでいて、練無、紫子の大学生コンビも同じアパートの住人です。
小鳥遊練無は女装すると女の子にしか見えない理系の男子大学生。拳法をやっていて実は強い。
香具山紫子は関西出身の女子大生。ショートカットで背が高く、練無との対比でみればボーイッシュな外見です。四人の中で一番感情移入しやすいキャラクターだと思います。
この四人の会話シーンがわちゃわちゃしていて、個人的には好きです。
この作品の前には、「黒猫の三角」というシリーズ第一弾があるので、シリーズ初読の方は本当はそれを読んでからの方がいいです。なのに第二弾を勧めてしまうという…掟破りで申し訳ありませんが、「人形式モナリザ」おすすめいたします。(*^▽^*)