2019年12月のテーマ

クリスマスにはクリスティーを!

第三回は、

「バートラム・ホテルにて」

アガサ・クリスティー 著、乾信一郎 訳

ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 2004年発行

 

です。

1964年発行のミス・マープル物です。

前回の「カリブ海の秘密」と同様に、ミス・マープル物としては後期の作品です。

ロンドンにあるバートラム・ホテルに滞在中のミス・マープルが事件の謎解きに挑みます。

 

まず、本書の舞台となっているバートラム・ホテルが私にはとても魅力的です。

まるで昔の英国がそのまま保存されているかのようなホテル。

その上、快適でサービスも上質。

ミス・マープルが娘時代に連れてきてもらった時と変わらないスタイルで、1960年代に営業しているのです。

当然、かつてこのホテルに滞在したことのある年配のイギリス人達に大人気。

のみならず、海外からの旅行客、主にお金持ちのアメリカ人達にも人気です。

彼らが<英国らしい>と感じられるホテル。今風のホテルにはない品格と歴史を感じられるホテルだからです。

 

しかし、実はバートラム・ホテルが古くからのスタイルを維持し、かつ成功しているのには、裏でいろいろな仕掛けがされているからです。

昔風の建物でありながら、快適に過ごせるように暖房にセントラルヒーティングを使ったり、水回りも最新の設備を使っています。ただ、外から分からないようにうまく隠しています。

ミス・マープルのように昔気質のイギリス人の客が止まる部屋には暖炉があり、朝食のメニューもイギリス風の物が選べるようになっていますが、アメリカ人の客の部屋にはセントラルヒーティングがついていて、朝食もイギリス風の他にアメリカ風のメニューも用意できるようになっています。宿泊代も高くつくのですが、実はイギリス人の老大佐や教会牧師、落ちぶれた貴族といった人々には、そうと知らせず格安料金で滞在させています。格安料金で泊まれる客はいわばホテルの舞台装置の一部。古き良きイギリスの雰囲気を出すのに一役買っているお客だからです。

 

話の筋そっちのけでホテルの説明ばかり書いていますが、これこそこの小説の大きな魅力だからです。

1960年代のイギリスは新しい文化の台頭著しく、ビートルズが大人気の時代でもありました。

世の中の変化の大きさに、70代のクリスティーが、昔を懐かしんでも不思議ではありません。

この小説の中では、ミス・マープルが滞在中のロンドンをあちこち歩き回り、懐かしい建物やお店を訪ね歩く様子がたくさん出てきます。

自分が知っていた町と大きく変わってしまったロンドンに複雑な思いを感じながら、バートラムホテルに帰ってくると、そこにはほっとする懐かしい空間がオアシスのように広がっています。しかしそこも人工的に作られたオアシスなのです。

まったく、この作品の舞台装置には、クリスティーの皮肉を感じます。

しかしそれでいて、バートラム・ホテルはやはり魅力的で落ち着ける空間なのです。存在するなら、一度泊まってみたいと思うほどに。

 

つけたしみたいになってしまいますが、ストーリーの方も、ちょっと衝撃的です。

それまでのマープル作品と比べると、犯罪の規模が大きいのも、時代を反映しての物なのか、ロンドンという大都会のお話だからなのか…。

それでもミス・マープルの眼力は健在。

ミステリーとしても面白く読める作品です。

 

読めばバートラム・ホテルのサロンでおいしいお茶をいただきたくなること間違いなしです。

クリスマス目前のこの時期、温かい部屋で読むには最適かと思いますが、いかがでしょうか?

おすすめいたします。(*^▽^*)