196 やぶのつぶやき
衣食住について考える(3)
人類の歴史は何百万年か前に、アフリカの熱帯雨林で始まったらしいのですが、猿や類人猿(チンパージ、ゴリラ、オランウータン)などと同じく樹上生活をしていたのです。そのまま、そこに留まっていれば、人類の進化はなかったでしょう。
ところが、それまで繰り返して地球を襲っていた氷河期による寒冷と乾燥の気象が落ち着いて、哺乳動物や他の生物が生活できる範囲が、大きく広がりました。
ここから人類の登場です。特徴的なのは、樹上生活を離れ、長い脚による二足歩行で、開けた地上を速く広く移動して生活の場を広げました。
さらに、遺伝子的にはヒトとチンパージのDNAは、僅か2~3%しか違いがないのに、人類は道具や火を使うことを覚え、言葉を話すことで仲間とのコミュニケーションを密にして、社会生活を活発に営むようになりました。そして、およそ1万年前にアフリカを出て、生活の範囲を地球全体に広げていきました。
現在、地球上の人口は80億人を超えています。なぜ人類だけがこんなにも繁殖したのでしょうか?
前回書いたように、何と言っても食料の確保です。農耕、牧畜、漁獲、養殖などの技術を発展させ、多くの仲間を養うのに必要な食料を維持したからです。
しかし、食料だけではありません。自然環境に適応し、子孫が繁栄するためには、災害(地震、津波、暴風、洪水、寒冷、熱波、乾燥)、外敵(侵略、野生獣の襲撃)、疾病(感染症、外傷)などから仲間を守り、安全・安心な生活が確保されなければなりません。それには「住」と「衣」と「医」も重大な必要事項です。
「住」に関しては、旧石器時代など初期までは、主として自然の洞窟が住居として利用されていました。しかし、次第に居住範囲が広がり、日本の場合は縄文・弥生時代には、平地の地面に縦穴を掘り、周りに木材の柱を立て、屋根をかけた竪穴住居を構えるようになりました。
家屋の居住環境や耐久年限に関しては、その土地で得られる建築資材によって、大きな違いが見られます。ギリシャ、イタリア、スペインなどヨーロッパ、特に地中海沿岸では石材を積み重ねた建造物が多く、長く風雨に耐えて多くが保存されています。一方、日本では木造建築が主であるため、耐用年限を過ぎると自壊し、また地震や火災などの災害により多くが失われていきました。
いずれにしても、住居が定まることによって、まず社会構成の最小単位である家族(夫婦、親子、兄弟姉妹)、という血縁で結ばれた小集団が発生しました。更に、その親族縁者が寄り添って小集落がつくられ、集団が大きくなるに従って、村落や町が形成されました。
この共同体がもたらした価値は、災害や外敵から仲間を守るということが第一でしたが、それだけではありません。
多数の人々が平和で安心・安全に集団生活を維持するために必要な決まりごと(規律)が、自ずと発生しました。また、共同生活をする多様で個性的な人々(老若男女)が増えるに従って、共通の言語での情報伝達が密に交わされ、コミュニケーション能力が飛躍的に発展しました。この結果として集団内に精神的な感情交流が発生し、娯楽としての音楽(歌、楽器)や踊りなどの文化・芸術活動が行われるように成りました。
更に、ある一定以上の集団になると、迷える子羊の群れを導くために、思慮深い?指導力のある人物が突如として出現します。そして、子羊たちを広場、教会、寺院、モスクなどに集めて、己の信じるところの主義・主張や思想・理念を語り、自分の支配下に治めようとします。或いは、従順で無知な羊たちを、幸せにするという大義名分の下に、宗教的な諸々の教義を諭し、象徴的な超能力者(神)を信仰の対象とするように誘導します。
こうした指導者に洗脳されて、一定の規範に閉じ込められた羊たちは、他の同じように異なった思想で洗脳された集団との間に軋轢を生じ、将来に争いの火種を作り出すことになります。これが現在パレスチナやイスラエルで起こっている、政治上や宗教上の争いの原因の1つになっていると思います。
20世紀になると、より安全でより快適な住居が求められるようになりました。特に自然災害(風水害、地震津波・・・)の多い日本では、堅牢な鉄筋コンクリート製の集合住宅に、ライフ・ライン(電気、ガス、上下水道)が装備されたマンションが若いカップルたちの憧れの住宅になりました。更にこれが、21世紀になると高層のタワー・マンションとなったのです。
小生も、医者になりたての医局時代に、7階建てのマンションと称する集合住宅に居を構えた経験があります。「もったいない」と言う人がいるかも知れませんが、小生には何とも居心地の悪い住まいで、決して安住の空間ではありませんでした。
元々が高所恐怖症で、高い所は大の苦手です。その上、良き先輩・同僚に恵まれて、有意義な医局生活が送れたので、その3年間は「自宅に帰りたくない症候群」になってしまいました。
人間は直立二足歩行で生活するのが、他の動物との大きな違いですし、泳ごうと思えば、魚ほどではなくても自力で泳ぐことは出来ます。従って、水上での生活は可能であり、容認出来ます。でもどうでしょう、人間は自力で鳥のように空を飛ぶことが出来ますか?基本不可能です! 小生は飛行機も大の苦手です。非科学的な理屈かも知れませんが、金属の塊が何時間も空を飛ぶなんて不自然なことです。だから時々墜落事故が起きるのです。
汐留のタワー・マンション26階にお住いだった先輩の話では、東日本大震災の時の揺れ幅は想定外で、生きた心地がしなかったそうです。 人間は樹上生活から地面に降りて、「足が地に着いて」こそ安心・安全な生活が出来るように適応したのです。平地なのに、高い所での宙ぶらりんな生活なんて不自然でしょう。医学的にも体に良くないと思います。高層階に住む妊婦さんの流産率が高いのは、エビデンスがあるそうです。そのためかどうか不明ですが、パリでは6階建て以上の高層マンションは建設許可が下りないそうです。
また集合住宅というのにも、抵抗があります。人も群れる動物ではありますが、蜂や蟻と同類にされたくはありません。
狭い日本では、土地利用の面から考えれば、確かに、集合住宅や高層マンションは効率的かも知れません。しかし以前、関東地方を襲った大型台風で、小生が勤めていた川崎市の武蔵小杉にある大学病院近くのタワー・マンションでは、一階が冠水しただけで30数階までのライフラインが全てストップして、大勢の住民が避難する事態が起きました。 これから先も、限られた狭い土地に密集して多くの人が生活していけば、事故や災害時に、想定外の被害が起きる可能性は大です。
小生の身内にも、築40年を過ぎたマンションに住んでいる後期高齢者がいます。鉄筋コンクリート作りで堅牢とは言え、老朽化による修理・維持・管理が問題のようです。更に、住人自身の高齢化によるトラブル(要介護、孤独化)も発生しています。更に、やっかいな法律上の「区分所有権」という特殊な事情もあって、住民間のルールが時代の趨勢に、応じられなくなって来ているようです。
「衣」の話に移ります。 多くの哺乳動物は、皮膚の付属器として、全身に体毛を持っています。 これによって物理的外力や寒冷から体を保護しています。動物の中には、人間がファッションとして衣服を着るように、装飾器官(特に雄が雌を引き付けるため)としての働きや、接触する外界の状況を探知する触覚器官としての働きも持っています。
ヒトの体毛は、生毛(うぶげ)と硬毛に分けられます。生毛(産毛)は全身に生えていますが、頭部は別として、陰部、腋下などの部位では、第二次性徴の発達に伴って硬毛に変わります。この特別な部位でのみ、硬毛に変わる意味や役割は、詳しくは分かっていないようです。いずれにしても硬毛は、一般に男性の方が女性より濃く、人種差もあって、白人の方が黒人や黄色人種より濃い傾向にあります。
人の皮膚にも主に、外力から体を保護する働きと、体温・水分の調節作用があります。 従って哺乳動物の全身を被う厚い体毛は、無毛に近いヒトよりも優位だと思っていました。
人は脳を発達させて、色々なものを創り出し、便利に活用するようになりました。例えば、衣服。更に、火をコントロールすることにより暖をとり、現代ではエアコンを発明して冷房まで自由自在です。
哺乳動物の体毛は、低温環境での保温という点に関しては極めて優れています。しかし現在では逆に、熱帯地方や温帯地方での夏季の炎天下では、逆に体温を下げる冷却作用が必要なのです。高温環境では体毛は却って邪魔なものです。
今や、化石燃料の大量消費によって大気中の二酸化炭素が上昇し、地球全体の温暖化が進んでいます。その上、ヒトで大きく進化した脳は、高温に極めて弱く、夏季の直射日光下では、たちまち熱中症になってしまいます。
最近では、人類だけが地球上で大繁殖出来たのは、寒冷環境に順応したからではなくて、むしろ高温環境を調節する術を獲得したからという説の方が有力です。要するに人の体温調節に関しては、体毛がないのと二足歩行による移動が、優位に作用しているということです。
小生80歳を過ぎてから健康のため、雨が降っていなければ毎朝、近くの公園に散歩に行きます。今はペットブームで、犬を散歩させている人に多く出会います。「前とは違うな」と先ず気が付くのは、可哀そうに犬どもが競って飾った衣装を着せられているのです。冬場は多少意味があるかも知れませんが、他の季節では有難迷惑でしょう。 犬の冷却調節は、足の裏からの発汗とベロを口の外に大きく出してハアハア呼気で放熱するだけです。更に四足歩行では、体が地面に接近していて、日光の反射熱をもろに浴びてしまうのです。一方、寒い季節では、冬毛が生えて温暖調節は自分で十分に対応出来ています。衣装は飼い主の自己満足で、有難迷惑なのです。
ペット犬でさえこぞって着飾る時代です。今や、衣服は人にとっては、単に体温調節と外力から体を守るためだけでなく、ファッションという大きな役割があります。動物の場合一般に雌よりも雄の方が、鮮やかに着飾っていますが、人では圧倒的に女性の方がアパレル界を牛耳っています。
この現象は、理由を付ければいろいろあって、興味深いところですが、小生この分野に関しては全く不勉強なので、これ以上掘り下げないことにしておきます。
次は「医」についてコメントします。