死ぬまでにすべての国宝を肉眼で見る

死ぬまでにすべての国宝を肉眼で見る

2025年12月現在の国宝の総数1,149件。そのうち、美術工芸品916件。これをすべて肉眼で見ようという計画です。関西中心の情報をお届けします。

奈良国立博物館で開催中の特別展「神仏の山 吉野・大峯


」。

現在は、後期展示に切り替わっています。


前期の藤原道長の日記「国宝 御堂関白記」


に変わって登場したのが、「国宝 後二条殿記(寬治四年)」です。



では、さっそくレポートします😊





・国宝 後二条殿記より

寬治四年条

陽明文庫所有の国宝。平安時代 寛治4年(1090年)の作。

藤原道長のひ孫 藤原師通(もろみち)の日記。自筆本1巻と古写本29巻の計30巻が残っています。

巻子本(巻物形式)で、寛治4年8月8日〜13日の巻中1.5mほどを展示していました。茶紙に天地にのみ界線を引いた料紙に書かれています。
平安時代のものですが、御堂関白記よりもキレイに残っており、非常に状態が良いです。

  師通自筆ではない、古写本

今回の展示は、古写本の1巻です。
つまり、藤原師通の自筆ではありません🥲
(前期の御堂関白記は、藤原道長の自筆本を展示してくれていましたので、チト残念💦)


  ひぃお爺さんに倣って金峰山参詣

藤原師通は、ひぃお爺さんの道長をとても慕っていて、金峰山参詣(御嶽詣)に2回行ってます。
まるで、ひぃお爺さんの行動をトレースするかのようです。

  日記 in 日記

展示箇所は8月8日〜13日の師通の日記です。
この日記には、師通の道長愛💓が溢れていてます。
巻中、ひぃお爺さんの日記 御堂関白記をまるまる引用している箇所があるんです。
「入道殿後日記←(御堂関白記のこと)」と記載があり、ここから御堂関白記の引用が始まります。
道長の行動を参考にしていた事が伺えますね。引用は、御堂関白記の寛弘4年5月17日〜8月11日分です。
↑ちょうど、この部分が御堂関白記の引用です。
前期展示の御堂関白記も、8月1日〜8月21日と同じ箇所を展示していました。


今で言うところの、"推し"と同じ行動をしているンですね〜
この時代、いかに"先例"を大事にしていたかが良くわかりますね。
だからこそ、藤原家の栄華が続いたし、これら日記が現代まで大事に残されてきたんですね。