奈良国立博物館で開催中の特別展「神仏の山 吉野・大峯
」。
現在は、後期展示に切り替わっています。
に変わって登場したのが、「国宝 後二条殿記(寬治四年)」です。
では、さっそくレポートします😊
・国宝 後二条殿記より
寬治四年条
陽明文庫所有の国宝。平安時代 寛治4年(1090年)の作。
藤原道長のひ孫 藤原師通(もろみち)の日記。自筆本1巻と古写本29巻の計30巻が残っています。
巻子本(巻物形式)で、寛治4年8月8日〜13日の巻中1.5mほどを展示していました。茶紙に天地にのみ界線を引いた料紙に書かれています。
平安時代のものですが、御堂関白記よりもキレイに残っており、非常に状態が良いです。
師通自筆ではない、古写本
今回の展示は、古写本の1巻です。
つまり、藤原師通の自筆ではありません🥲
(前期の御堂関白記は、藤原道長の自筆本を展示してくれていましたので、チト残念💦)
ひぃお爺さんに倣って金峰山参詣
藤原師通は、ひぃお爺さんの道長をとても慕っていて、金峰山参詣(御嶽詣)に2回行ってます。
まるで、ひぃお爺さんの行動をトレースするかのようです。
日記 in 日記
展示箇所は8月8日〜13日の師通の日記です。この日記には、師通の道長愛💓が溢れていてます。
巻中、ひぃお爺さんの日記 御堂関白記をまるまる引用している箇所があるんです。
「入道殿後日記←(御堂関白記のこと)」と記載があり、ここから御堂関白記の引用が始まります。
道長の行動を参考にしていた事が伺えますね。引用は、御堂関白記の寛弘4年5月17日〜8月11日分です。
今で言うところの、"推し"と同じ行動をしているンですね〜
この時代、いかに"先例"を大事にしていたかが良くわかりますね。
だからこそ、藤原家の栄華が続いたし、これら日記が現代まで大事に残されてきたんですね。



