信者数14億人。世界最大級の宗教組織の最高位をめぐる政治劇……を観る


内容
 カトリック教会の最高指導者であるローマ教皇が心臓発作で死去する。教会関係者は新教皇を決めるための教皇選挙の準備に入り、主席枢機卿のローレンスが一連の手続きを執り仕切ることになる。


 閉ざされたシスティーナ礼拝堂で行われる秘密の投票は謎めいているからこそ色々な物語や映画に取り上げられてきた。
 今年実際に選挙があった


 日本人も参加していて彼のインタビューが報じられていた。

 …
 実は「教皇選挙」の映画を飛行機の中で見て、こんなふうなんだと思っていたのですが、実際に集まってみると、本当に和気あいあいとした雰囲気でした。映画みたいにお互いをけなし合ったりおとしめたりというような、謀略的なことは実際にはなかったです。
 当事者がこの映画を観て予習していたとは(笑)


 映画の結末には驚かされるが、好戦的なキリスト教信者が減ってほしい。





 

 



 お盆を過ぎると例年ならば夜になると、やや涼しくなり虫の音が聞こえてくる。

 今年は流石に無理かなと思っていたら夜微かに虫の音がした。

 今日の大阪は最高気温は36度だそうだ。

 また、お盆を過ぎると家族の誕生日がある。

 更に、セレブSの誕生日もある。

先祖を想う日が過ぎるとこれからの明るい未来も感じたい。









 東京で観た松井須磨子の舞台『人形の家』が忘れられず、演劇を目指すため意を決し離婚する。6歳の息子を津和野の婚家に残し、1916年(大正5年)に26歳でふたたび上京した伊沢蘭奢の物語を読む

 

内容

 婚家を捨てて、一躍、大正の劇壇を駆け上った伝説の女優・伊澤蘭奢の嵐の生涯 「私、女優になるの。どうでも、決めているの」。松井須磨子の舞台に胸を貫かれ、二十七歳で津和野から夫と子を捨て出奔した女は、東京で女優・伊澤蘭奢へと変身した。「四十になったら死ぬの」とうそぶき、キャリア絶頂で言葉通りに世を去った女の劇的な人生を、徳川夢声ら三人の愛人と息子の目から描く

 

 

 近代演劇の創成期に女優として名を成そうと走り続けた伊澤蘭奢の生きざまはすざましい。その彼女の活動はそれぞれの領域で草分け的であった男性に支えられる。

 一人は、自分の描く「自立した女性」として彼女を援助した当時の有名ジャーナリストの内藤民治。一人は、マルチタレントの徳川夢声が恋人として彼女を支える。

 後に文芸評論家になる「火遊びの相手」とされる福田清人と彼女の息子作家・伊藤佐喜雄は内藤に遺稿集の編纂を託された。

 パトロンの内藤に多くの支援を受けながら、「自立する」女性を目指し華やかで罪深い短い人生を送った。

 彼女の葬儀には支えた男達が参列していたが、その姿を見ていた疎遠ではあったが母を愛した息子は複雑な気持ちであったことだろう。

 そして、息子を愛しながらも育てる事が叶わず、俳優の道半ばで世を去った彼女の突き進んだ人生は儚くも切なく、そして尊い。

 

 お盆で鬼籍に入った伯母を思い出し過去を遡っていると、ダンサーとして名が残っていた。宝塚音楽学校に入学したものの、私の祖父、伯母の父に「女は家を手伝えばよい。」と引き戻された。そしてお見合いした相手は先代の増井山関。結婚には至らなかったようだが昭和の時代でさえ「自立」しようとする女性は生きづらかったはずだ。伯母は90歳を過ぎても出かける前に、どのサングラスが似合うか私に尋ねる程おしゃれな人であった。

 

 

 

 

 

 

 



 先日コース料理をいただき、お腹が一杯になりすぎて未だに体調不良だ。

料理は食べ切れずお持ち帰りした。

 お連れ様は料理を持ち帰り、私はお連れ様をお持ち帰りした(冗談だが…)

 学生時代は体重を少しでも増やしたかったので毎食無理に食べていた。

 先日観たドキュメンタリー番組では岡山の高校ラグビー部は1人茶碗で16杯分食べるそうだ。

 

 食事は残さず美味しく頂きたいものだ。

 反省!





 






 ここがモロッコなら素敵だが、近畿某所にタッチ&ゴー(決して着陸ではなく文字通り)
 大人の事情でモデル様2人の撮影会を終えて大阪へ



 カメラマンはモロッコ料理をいただくので、アラビア語のポロシャツを着ていたが、こちらもある意味モデルかも


 そして慌ただしく帰阪。一人のモデル様とは解散し、お連れ様と2人でモロッコ料理店へ向った

 画像借りる






 
モロッコのスープ、ハリラからいただき、前菜盛り合わせとタジン鍋を食す、チキンを2時間煮込むそうだ
 量が多過ぎてお腹がパンパンになった。
 しかもお連れ様は昨日からの疲れでここで退場

 結果、1人で反省会


 すると、日本在住5年のアメリカ人が1人でやってきた。
 怪しげな英語で挨拶すると、日本語はペラペラ。しかも超絶グルメで日本各地で懐石料理を頂いているとの事。
 たまたま店にあった珍しいシャンパンを一緒に頂いた。


 明日は京都へ出かけるらしい。
先日、東京のワインバーで有名人らしい人と同席したと言うので写真を見せてもらうと、何と彬子女王だった(笑)
 ワインのブラインドテストを希望しイタリアワインをほぼ近くの生産地を当てていた。
私が先に店を出る時は立ってご挨拶して頂いき、

 とても愉快な礼儀正しいアメリカ人であった。