若き日の猪木、初めてみた写真3枚、Gスピリッツにフンコー | あの頃のショーケンになりたかった! エコケーンの日記

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グループ・サウンズやローリング・ストーンズなどのロック、モーニング娘。などのアイドルに昭和プロレス、映画に落語に食べ物や大阪に関することやそのうえお城も好きで、見たり聴いたり、その時に感じたことを書きたい備忘録日記、、、、

 9月29日に辰巳出版から発売されたGスピリッツ Vol.61 

 特集は、日本プロレス時代の猪木

 書店で見かけて即購入!

 

特集の概要は

① 猪木寛至 1960‐1961(昭和35-36年)

 証言は力道山の息子「百田光雄」

 

② 猪木寛至/アントニオ猪木 1962(昭和37年)

 中堅として春の本場所に初出場

 力道山が下した猪木と大木の評価は?

 

③ アントニオ猪木 1963-1964(昭和38-39年)

 念願の海外武者修行出発を目前に

 勝ち星に恵まれなかった理由とは?

 

 といったところで、限られた資料jから当時の状況を推測するといった内容で、プロレスの勝敗は実力というより、格やその時の背景で決まるって言われるが、残っている勝敗のデータから、猪木の格がどのようにしてランクアップしていったのか、解き明かしていくのである。

 もはや歴史もんではないかwww

 

 印象に残ったのが3枚の写真

 こんな写真みたことがない。

 

 力道山が逆腕固めを猪木に決めて、大木金太郎がみている。

 

 国際プロレス社長の吉原功が猪木にコブラツイストをかけている

 

 馬場Vs猪木、TV中継されていたとか、、、

 

いやぁ、まいったなぁ

 

そして、アントニオ猪木が東京プロレスから日本プロレスに復帰し、除名されるまでの4年8か月。

 証言は戸口正徳(キムドク)

 BI法全盛期、2局放映時代の内情などの証言

 やはり昭和のプロレスといえば、この時期が一番いいんだなぁ、これが、、、