河内西国霊場第十一番
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入って右手に修復前の本堂の瓦がありました。
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来恩寺は、江戸時代中ごろからあった来福寺というお堂が明治三十九年に、現在地より東南、生駒山系の中腹にあった恩覚寺と合併しました。以来来恩寺と称するようになったという歴史的経緯を持つお寺です。
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御朱印をお願いすると御本堂の中に案内していただきました。
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来恩寺から近鉄恩智駅経由で近鉄八尾駅に戻り八尾駅からJR久宝寺駅へ向かいました。
この日は幾度も八尾市のマンホールを見てきたので記念に一枚撮ってみました。
八尾市のマンホールは、八尾市の「八」にちなんだ八角形を中心に、外側には、市の花「菊」と河内木綿の実を配し、内側には、姉さんかぶりの女性が、糸車で糸を紡ぐ姿を配したものとなっており、河内木綿の伝承の地、八尾市を象徴したものとなっています。
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次回、許麻神社へ続きます。