教育の視点 | 悩める女性のヒヤリング

悩める女性のヒヤリング

自分の経験を通して、悩みや、痛みを持つ女性の心を少しでも軽くできるような記事を書いていきます。

こんにちは。 パウノヴィッチ優子です。


ブログの訪問ありがとうございます。


オンタリオの今日は午後から雪です。天気予報では、積もるようなことを言っていたので、おそらく明日の運転は大変でしょう。せっかく、洗車したばっかりなのに・・・・
さて、今では私も少々浦島太郎の様な存在になってきているとは思うのですが、かつて私が日本で働いていた頃、電車通勤をしていたのですが、たまにそれこそ自分が潰されてしまいそうなくらいの、大きなランドセルを背負った小さな小学生が、満員電車に乗って通学しているのを眼にしました。
今でも日本ではそういった光景を目にすることはあるのでしょうか。
オンタリオでは、親が徒歩、車で送り迎えか、自分で徒歩通いかスクールバスです。
そのスクールバスなのですが、生徒が乗り降りする際は、他の車はスクールバスが走る斜線と、対向車線も停止しなければなりません。安全の為。
私には、スクールバスのドライバーの責任回避のように見えるのですが。
小さい子供ならまだしも、スクールバスから出てくるのが、大人サイズのティーネイジャーだったりすると、「はぁ????」ってクビを傾げたくなります。また、そのティーネイジャーがのろのろと、車が来るかどうかなんて当然確認もせず歩いているわけです。
車社会だから?
だったら、尚のこと交通ルールを子供たちに叩き込まなきゃいけないし、自分が注意して道路を渡ることを教えなければいけないと思いませんか。
先ほど、責任回避という言葉を出しましたが、これも親、学校の「教える」責任を回避しているような気がします。
子供の安全を守る為に、最善を尽くしてルールをつくるのであれば最高です。
でも、このスクールバスの両車線を止めるルールはその最善を尽くしてというところから来ている気がしないんです。
子供を持つ親として、スクールバスのルールがどうあろうと道路を渡るときは、右見て、左見て、また右見て早足で渡れということを教えていきたいです。
カナダも自由な国です。体裁がない。常識が無いに等しいです。なんせ移民国なので。
だから最低レベルのところでルールや法律を作っていかなければいけないのかもしれません。
それに甘んじて、自分が教育をしない、という選択はしていきたくないです。
自分が歩き出せば周りの車は止まるもの、という間違った、長い目で見たらスクールバスのそのルールは安全でない定義を子供に持たせてしまう可能性もありますよね。たとえその場は、安全であるかのように思えても。
子供への教育って、その場その場のものではなく、人の形成だからずーっと先を視野に入れてルール作りをしていかなければいけないんだと思います。
簡単なことではないですけど。いや、とても難しいことではあるのですが。



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