「おーい、起きろよ。朝だぞ。」
夫の声で目を覚ますと、もう7時を回っていた。久しぶりに寝坊をしてしまったようだ。
それにしても、今日はゆっくり眠ることができた。フランチェスコのおまじないが効いたのだと美咲は思った。
「チョコが吠えてるぞ。何とかしてくれよ。」
何とかしてくれって、自分で何とかすればいいのにと思ったが、私が言っても聞かないことは知っていた。
「はいはい、今行きます。」
「チョコ、おはよう。ママお寝坊しちゃった。ごめんね。」
ケージを開けた瞬間、まるで爆弾のようにチョコが飛び出し、美咲は尻餅を着いた。
「チョコ!イヤだ、もう。」
「おい、大丈夫か?」
「うん。」美咲は何だか可笑しくなった。
そうだ、私はもうチョコをコントロールすることを止めたのだ。
「チョコ、お散歩いこうか!」
「ワンワンワン!」
☆
チョコはフランチェスコを見つけると喜んで駆け寄った。いつの間にかチョコはフランチェスコになついていた。チョコが家の人以外の、ましてや犬にこんなふうに心を許すなんて、信じられないことだった。
チョコだけではない。今では美咲もすっかりフランチェスコに心を開いていた。
「おはよう。フランチェスコ。私、チョコと幸せになることを選んだわ。でも、そのためにも、やっぱりしつけは必要だと思うの。」
「美咲、よく考えたね。僕もその意見に賛成だ。でも、今までどおりの方法を続けていてはうまくいかないだろう。今日は、あなたのしつけが今までなぜうまくいかなかったのか失敗の原因を教えよう。何て言ったって僕は犬なんだから、チョコの気持ちがよく分かるんだ。」
「お願いします。」美咲はペコリと頭を下げた。
失敗の原因その1 問題の表面しか見ていないこと
「今まで、チョコが吠えたら無視をする、手足を舐めたら大きな音で驚かして止めさせる、というテクニックを使って対処してきたんだよね。これは一見とても効果的なように思われる。でもそれは表面的なことだから、全ての解決にはならないんだ。チョコがそうなったように、音でびっくりさせて悪い癖を止めさせたら音が怖くなってしまうというふうにね。副作用があるか、習慣性によって慣れるかがオチだ。第一、新しい問題が起きたら、その都度しつけ本を調べてテクニックを探すつもりだったのかい?」
美咲は返す言葉が見つからなかった。
フランチェスコは近くにあった石を拾い、地面に何かを書き始めた。
三角に横線を1本。
「これを見て。」フランチェスコが指差した。
「これは海に浮かぶ氷山。これがペットの問題だと想像してみて。線の上、海上に見えているのが表面的な問題。ペットの問題行動や場合によっては病気もここの部分に表れる。下の海の中に隠れている部分が潜在的な問題。ペットが置かれている環境や家庭の問題、もともと持って産まれた資質などはこの部分になる。さまざまなテクニックを使って、氷(問題)を小さく溶かすとするよね。ところが、しつけなどのテクニックで解決できるのは海から出ている表面的な問題だけだ。下の部分(潜在的な問題)は目には見えないから、表面的なテクニックでは解決するはずがない。一見問題がなくなったように見えても、潜在的な問題を解決しなければ、またいつでも問題は違った形でひょっこり顔を出すんだよ。まるでモグラ叩きのゲームをしているようなものだ。人間は罠にはまって、一緒にゲームをプレイしていることに気付いていないんだよ。」
つづく
