「さてと、まずは問題を整理しよう。今のあなたは問題が山積みで、何から手をつけていいのか分からなくなってしまっているね。解決するためには、何が問題で何が問題でないかを知る必要があるんだ。それから、問題がおき始めたときに、何か変わった事はなかった?」
チョコの問題が起き始めたのは、1歳になる頃のことだった。
「その頃変わった事はと言えば、しつけ教室に通ったことくらいしか思い浮かばないわ。要求吠えが多かったので何とかしたくって、ご近所の方の紹介で通い始めたの。そこで、今までのやってきた間違いに気付いてしつけをやり直そうと必死にがんばったわ。」
「それで、うまくいった?」
「…うまくいったこともあったけど、全てではないわね。」
「何がうまくいって、何がうまくいかなかった?」
「コマンド(号令)に従うことは、しつけ教室に行ってから覚えたこと。例えば、『マテ』とか、お散歩の時に『ヒール』とか。うまくいかなかったのは、吠えている時には何をしても鳴きやまないこと。」
「ということは、チョコの気持ちが落ち着いている時には号令が聞けて、チョコ本人の要求があるときにはどんな号令も聞かないということだよね。チョコの気持ちになって考えてみると、当然といえば当然だ。本当に誰かに伝えたいことがあったとしたら、あなただってそうすると思わない?」
「そう言われると、そうかもしれない…。」
「一つ誤解を解こう。物事には、必ず、原因と結果がある。チョコが要求して吠えるのは、自分のことを見てほしいからだよね。それを無視されると、存在が認められないと思う。認めてほしいからもっと吠える。それでも無視をされる。淋しいから愛撫を求めて自分自身を舐める。ところが満足しない。飼い主に認めてもらえないから、自信を失う。自分自身で自分を認めてあげられなくなる。自分を痛めつけるために自分の体に傷をつける。こうして行動はどんどんエスカレートして行く。そこまでいって、やっと飼い主の気を引くことができた。チョコは自分の体を張って、あなたを振り向かせることに成功したんだ。」フランチェスコの言葉に、美咲は言葉を失った。
「ペットの困った行動は、飼い主の行動や思いに対する反応に過ぎない。つまり、ペットのリアクションは、あなた次第で悪くもなるし、良くもなる。これを僕は『アニマルリアクション』と呼んでいるんだ。そもそも、なぜ、人は、“犬のしつけ”というと、急にテクニックを使おうとするのだろう。犬だって猫だって、鳥だって、毎日いろんなことを考えているんだ。動物は人間と同じように心があるんだよ。」
「それはそうだけど。私、初めて犬を飼ったから、不安だったの。だから、たくさん勉強したの。どの本を見ても、擬人化してはいけないと書いてあるわ。」
「本にはそう書いてあるようだね。確かに、人間と犬では、体の構造も習性も全く違う。だから、犬を人間と同じように見ることはできない。それは僕だって承知だ。僕が言いたいのは、犬を人間と同じように扱えというのではないんだよ。犬の気持ちに寄り添って考えてほしいということなんだよ。分かるかい?」
「うん。」
「では、質問を変えよう。あなたは、犬を擬人化しないで、無視をしたり、驚かせて行動をやめさせたり、というしつけ法を信じてやってきた。それで、しつけをする前と、してからとどっちが幸せ?」
「しつけをする前は、とにかくチョコがかわいくて、それは幸せだったわ。してからは…そうね、私自身、葛藤もあったし、チョコとの接し方にもいろいろな制約が出てきて、確かに幸せとは言えないかもしれないわね。」
「あなたは、しつけを成功させたいの?それとも、チョコと幸せになりたいの?」
「・・・もちろんチョコと幸せになりたい。」
「そうだね。幸せになることが目標だ。しつけの成功を目標にしてはいけないよ。分かるかな?」
美咲はハッとした。
「今のあなたはがんばり過ぎだ。こうあるべき、こうしなくちゃ、あなたがチョコをどうにかしなければ…と力が入りすぎているんだ。それで、あなたはがんばりすぎて疲れてしまっているし、チョコだってあなたのプレッシャーにまいっている。そうでしょ?“がんばる”ことは、あなたのためにもペットのためにもならないんだよ。ペットの問題を解決しようとがんばればがんばるほど、間違った方向に行ってしまうことが多いんだ。なぜがんばってもうまくいかないかというと、がんばっているうちはね、エゴが働いているからなんだ。(こうなれ!こうなれ!)て、無意識に自分の都合のいいように相手をコントロールしようとする念を送ってしまっているんだよ。お互いの力と力がぶつかり合って、反発しあっている状態だ。」
「間違った方向にがんばることをやめたら、つまり、コントロールを止めた瞬間、何が起こると思う?」
「???」
「調和だよ。同じ種類の力になるから、お互いに交わるんだ。自分本位のエゴではなく、本当の意味で相手のことを想った瞬間に、調和が成り立つんだよ。」
フランチェスコは、美咲の両肩にポンポンと手を置いた。
「美咲、まだ肩に力が入っているよ。もっとリラックスして。目をつぶって、深呼吸して。スーハー。スーハー。スーハー。もっと深く。スーーーハーーー。スーーーハーーー。そう、その調子だ。ゆっくり呼吸を続けて。がんばることをやめたら、きっとチョコと分かり合えるよ。もうがんばることをやめよう。あなたは今日から変わるんだ。」
帰り道、美咲は重い荷物を下ろしたようなすがすがしい気分だった。何だか上手く行きそうな気がした。
つづく・・・
