翌朝、美咲はチョコに起こされる前に、チョコを起こした。
「チョコ、お散歩行こう!」
チョコはまだ眠っていたが、予想外のうれしい誘いに飛び起きた。興奮してリードをつける時間が待ちきれなかったようだ。美咲はまたチョコに噛まれたが、この間のように落ち込むことはなかった。それより、フランチェスコに会えば、抱えている問題が解決するかもしれないと思うと、自然と足取りが軽くなっていた。
昨日の場所に行ったが、フランチェスコはいなかった。
そうだ、心で呼べばいいのだと思い出した。
(フランチェスコ、私、美咲。チョコも一緒。昨日の続きを教えて。)と心の中で唱えた。
目を開けると、遠くの草むらから白い犬がこちらに向かってくるのが見えた。フランチェスコだ。やっぱり夢じゃなかったのだ。
美咲は思わず手を振った。
「やあ、美咲。昨日の話し、考えてくれたかな。」
「うん。私、やってみる。正直言うと、私のせいでチョコがこうなったというのは、まだ納得できないけど、とにかく良くなるならがんばってみようと思う。」
「オーケー。あなたがそのつもりなら、僕は喜んで力になるよ。何をそんなに困っているの?僕に分かるように教えて。」
「何から話せばいいか分からないけど、私本当に困っているの。チョコは、知らない犬に吠えるし、飼い主の私に反抗的な態度を取るし、朝早くから鳴くし、手や足を舐める癖が直らないし…。」
「初めからそうだったのかい?」
「家に来た当初は、怖がりでおとなしい性格だと思っていたわ。私の側から片時も離れないで、少しでも私の顔が見えないと鳴いていたの。私は、今まで犬を飼ったことがなかったから、その姿がかわいくて、何でもチョコの思い通りにしてしまったのかもしれない。今思えば、それが良くなかったのね。その後、しつけ教室に通ったり、本を読んだりして、自分の今までの対応が良くなかったことを知ったの。そこから、しつけを始めたんだけれど、ちょうどその頃から、チョコの要求がエスカレートしていったわ。それはチョコが1歳になったくらいの頃だった。」
チョコはフランチェスコに心の中の声で何かを言ったらしい。フランチェスコは美咲にリードを放すように指示した。美咲はリードを放したことがなかったので心配だったが、フランチェスコが頷いたので、それに従った。チョコはリードを放されても、美咲の側から離れることもなく、そこにいた。
「続けて」フランチェスコは言った。
「チョコが要求吠えをしても無視するようにしたわ。鳴いているうちは構ってはいけないと教わり、ケージに入れるようにしたの。ところが、チョコはあきらめるどころか、ますますひどく鳴くようになって。少し静かになったとケージを見ると、手や足を舐めていて、次第に毛をむしるような行動や、血がにじむまで舐め続けるようになったの。私が止めなさい!と言うと、我に返って一旦顔を上げるのだけれど、かまってやらないとまたしつこく舐め続けるの。」美咲は困りきった顔をしてチョコを見た。
フランチェスコは目をつぶっていたが、美咲の話を聞いているという風に頷いた。
「ちょうどその頃、缶を使って大きな音を出して悪い癖を止めさせるという方法があることを知ったの。チョコの行動を止めさせたくて、すぐに試したわ。すると、チョコはものすごく驚いて手を舐めることを止めた。この方法は大成功したと思ったわ。ところが、何度か繰り返しているうちに、チョコの様子が変わって行ったの。外で物音がしたり、雨戸を閉める音や、イスを引きずる音、そんなちょっとした音にまで、ビクッと敏感に反応するようになってしまったの。この間も、大きな雷が鳴っていた時、部屋の隅から出てこないで、ブルブルと震えていたわ。特に、留守番の時はパニックになってしまうようで、家の中がめちゃくちゃに荒らされていることがあった。それからは、留守番させる時にはチョコに気づかれないようにそっと出かけるようにしているんだけど、またチョコがパニックになっていたらどうしようと思うと、家の鍵を開ける時、心臓がドキドキしてしまうようなことがあって。正直、こんなことになるなら、犬なんて飼わなければ良かったと考えてしまったこともある。そんなふうに考えてしまう自分が嫌になるわ。私、もうすっかり自信をなくしてしまって。」美咲は一気に話し終えると、空を見上げた。
「そうか。ずいぶん大変だったんだね。あなたは間違いを知らなかったわけだから、仕方ないよ。もう自分を責めないで。これから僕と一緒に解決しよう。」
思いがけないフランチェスコの言葉に、美咲の頬に一粒の涙が伝った。
「昨日、あなたが言った通りね。やっぱり私が変わらなくちゃ。このままではチョコがかわいそうだもん。」
美咲はチョコの頭を撫でた。
つづく
