∞心機一転まさるの日記∞ -9ページ目

∞心機一転まさるの日記∞

規律の厳しい役所を退職し自然豊かな山間の温泉町に道場を造りスタートしました。しかし元職からメールが一通!堅い仕事の師範役に逆戻り!

洋室と和室をドッキング

カン一家4人の寝室をフローリングの部屋と、畳の8畳間を繋いで洋風に設定し、ベッドと蒲団敷き部屋が完成、これは祖父が居るから出来たのだが。

フローリングの部屋は暑いカーテンが遮音し、和風の部屋は襖と障子と行燈式の照明にしてベッドルームとは雰囲気を変えた。

ブラウン家族にも好評だったが、中国生まれの3人は殊の外楽しそうに、行燈の傍で本を読んだり、写真を撮ったり楽しそうだ。

そんな時、居間で新聞を読んでいた祖父のスマホが着信!

「あぁ~仙台かぁ~」と大きな声がした。

「あぁまさるに代わるか? う~ん~その話か切り売りじゃないだろう?~~

 

「叔父さんですか?」「うん 畑の使っていない部分を放してもいいが、切り売りでごちゃごちゃ家が建つのが嫌なんで、カンさんの話が具体性があるか?と聞いてきたんだ」と祖父も何か考えている様だ

「分かりました、今日は遅いから明日カンさんに相談してみますか」

「そうだな、大きい事業になるから当事者の気持ちをしっかり聞いて、進めようか」と新聞をたたむ。

「皆さんはお風呂に入ったようですよ」と香織さんが祖父に話す。

祖父は二人を見て

彩音さんは、当日までピンピンして居そうだなぁ」と目を細めている。

「な~んだか分からないのですが、須永先生もそんな風におっしゃっていましたが~」と、お腹だけが目立つ彩音さんは、動きがゆっくりになったが立っても座ってもシャキッとしている。

隣に来て欲しい彩音さん
「ユウリンさんたちは仙台になりそうですかぁ?」と彩音さんが少し残念そうな声だ。
「まだ聞いてみないと分からないよ、予算のことも在るし子供たちの意見も大事だろうから~」とまさるが答え

「あすカンさんと話し、仙台の叔父さんに詳細を聞く必要もあるし、カンさんが乗り気なら仙台に行くようになるかもね」と複雑な表情だ。

祖父は風呂に行ったので、どの程度詳しく話を受けたのかわからない。

「カンさんファミリーなら近くに住んで貰うと心強いが、こっちの希望はこの際抜きにして、じっくりお話を聞いてみましょう」とまさるもカンさんの人柄を信頼している。

「そうですよねぇ~お子さんたちのご意見も違うでしょうから、悩みますねカンさん!」

「ぼくはカンさんが意外と結論を持って居そうな気がするんだよ、さっきシュウジンくんが日本の童謡を歌いだしたとき、すご~く嬉しそうな顔だったよ」

「そうでしたね、深圳・香港・シンガポールと賑やかな都会で育ったのに、日本の原風景を連想する童謡をキッチリ覚えていましたねぇ、憧れが有るのでしょうか?」

 

 「川渡も田舎がそのまま残って居るところが多いから、我が家の隣が第一候補だったりして、楽しみだね」

「仙台の叔母さんにお願いする方向ですかね、仙台の土地じゃなく川渡なら叔母さんに応援して貰う事になりそうですね」

「お子さんたちはアメリカンスクールだけど仙台にも沢山あるから。心配ないだろうね」

翌日

朝食後に、カンさん一家とまさると祖父が話し合い、希望を聞いた。

カンさんは,深圳・香港・マカオと都会で暮らし、少し疲れたので日本に戻ってやり直したいと考え、奥さんや子供たちと話し合ったようだ。

 

それも昨夜、家族四人で時間をかけた家族会議で充分話し合ったようだ。

子供たちは小さい時から留学したので、最低でも家族が1週間に一回は顔を会わして食事をしたいと言う意見のようだ。

そこでカンさんは自分の思いだけで行動してきたことを悔い、子供たちに謝り養育に適した、仙台か川渡を選びたいと話しを切り出した。

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ユウリンさんは、本国の体制と香港・マカオの猛烈な繁華街とその風土が嫌になり、両親が中国人の残忍な仕業で死去したことも重荷になって、祖国を離れたい願望が強い。

子供たちも、今は英語と中国語が自由に使えて、週10時間の日本語学校で学んでいるので、日本に転校しても問題がないようだ。

 

カンさんが(出来れば仙台の叔父さんの土地では無く、川渡の地続きをお世話願いないか?)と、逆に提案してきた。

「じゃぁ分りました、仙台の義姉に中に入って頂き、川渡の遠藤さんに話をしましょう、前にも(ここを拡張するなら雑木林だからやるよ、広げて良いよ)と言われているので、問題はないでしょう」と祖父も隣組になることを好意的だ。

カンさんがまさるたちと立場が違うので、きっちり手続きすることになるだろう。祖父は仙台の兄貴と話をして、雅恵叔母さんにもお願いすることになった。

カンさんも榊原の実家で親や兄貴たちに話をして、内諾を得てから具体的にスタートすることになった。

ユウリンさんは子供たちと、小旅行をしながらコミュニケーションを図っている、今は彩音さんが動けないので、土日は香織さんが案内を務めることが有るが、日本のディズニーランドにも行きたいとせがむ二人だ。

<>カンさんの苦難と決意

カンさんが少し緊張気味に立つ。
「本日はこのような会を催していただき有難うございます、柏木さんとお付き合いを始めたのは昔の話になりますが、お互いが若くて血気盛んな頃、私は香港・マカオの裏社会にも交じわって居ましたが、柏木さんは国家公務員として、厳しい規律縛りの一員でしたがその壁を越えて付き合って頂きました。

私は東京の学生時代に休学して、台湾から大陸に渡り武道の鍛錬と称し放浪していた時期、妻の父親の会社がピンチになり手助けをした縁で、その会社を任されました」と一息ついてコップのビールを口に含み目を閉じて、回想している様でした。

ユウリンさんのリリーフに立ち、夫の顔を見上げながら頷くと静かに話はじめる。
「続きは私が話します、夫は当時を思い出している様です」
きれいな日本語で話すので会場のみんなはびっくり。

「当時会社の幹部に悪いのが居て、そそのかされた何人かが、会社の財務報告書を偽造し、外部の人間もいましたが、商品を半額くらいで出荷し差額をリベートとして自分たちの口座に還流させて居たのです」と夫の顔を見る、カンさんが頷く。

「私たちが結婚し、会社の財務帳票が複雑改ざんの形跡が有ったので、私が経理関係に携わり、夫が工場の原料から製品出荷まで数値を追って貰いました。

 

私は地元の銀行に掛け合い、取引企業の立場を強調して帳簿の閲覧、不正な金の流れが判明、日本国の大阪の商社が代金と同じ位の金額を、会社の専務の口座に振り込んでいました」そこで。
カンさんの顔を見てタッチ。

「済みません、妻に代弁してもらいましたが、専務の身辺を調べて社内の配下にも悪いのが居て、事務処理を2重帳簿にして会計監査をすり抜けており、株主たちに話を通し臨時総会で専務を懲戒処分で引導渡し、訴追で有罪になり資産没収され、損害賠償を請求していたので、国が損害の額の8割がた戻してくれました」

元専務は裁判で横領罪になり、会社を恨み”俺は会社に裏切られた、仕返しする”とか、日本人の風来坊に乗っ取られた”とか">アジビラを蒔いたり、変な車が会社の前をノロノロ走ったりするのでカン社長は警察に届け、パトロールなどを実施してきた。

会社にも警備部署を設けて、巡回したり宿直性とったりして来た。カンさん(榊原さん)夫妻も社長の自宅近くの会社敷地に、新居を設け毎日食事も一緒にするように密接に警戒をしてきた。

決して気が緩んだわけでないが、内祝いで社長宅でパーティを開き、お開きになった直後に侵入していた元専務の一味がカン社長を刺殺した。義母も腹部を刺され重傷だが助かった。

 

会が解散し榊原夫妻も自宅に戻った一瞬の犯行で、後を追ったが車で逃げ去り榊原さんは悲嘆にくれて、しばらく立ち直れない状態だった。

警備担当のシン主任も特命で警備しながら当日招かれ、宴会の解散の瞬間を狙われたのでショックが大きかったが・・・

シン主任は、大きな責任を感じ榊原さんと決着を付けようと、二人で組んで国内の悪のネットに近づき深圳・香港マカオと追いつめて非合法ながらケリをつけた。

榊原さんは、「カン」を名乗り会社を叔父さんに譲渡し、会社の立て直しとけじめのつけ方を模索してきた。会社も動揺が収まり義母も孫が生まれて、元気を取り戻した。

義母は散歩も一人では歩行困難で、初冬に風邪をこじらせて小さなシュウジンの手を握りながら、笑みを浮かべて逝った。

転身の決意

カンさんは奥さんと相談、両親を失い気落ちしているユウリンを元気づけようと深圳を離れることを相談した。

元警備主任も信頼がおける人間で、事件の後始末で知り合った連中が世間でいうほど悪い分けでなく、誠実に付き合うと身を張ってかばってくれたり、深夜でも電話一本で行動してくれた感謝している。

深圳のその世界から足を洗った、カク・ヘイジュンさんともキチンと礼をして、その後も情報交換し、何となく話すとビッグニュースを提供してくれた。

 正規の輸送機関が終業後に、海上輸送を模索して企業申請としても、やくざの世界からでは転身できずに悩んでいた様だ

やくざの世界に引き込もうとして居る分けでなく、この間の香港・マカオなど周辺を時間外にも移動できる旅客業で、日中は遊覧やフィシングなど不定期で移動する客が多いようだ。

「大きな会社はあるが、夜間などは断られので個人営業として海上輸送業務免許を取得すれば、確実に伸びる」と保証する。

 

カンさんは、猛勉強してボート免許から旅客輸送の許可証など、ユウリンの応援も得て深圳も香港も海上の方が便利で、マカオを2~30分で移動できる。

住まいも、深圳から香港に移住し、同業の先輩ショウーさんや香港のカクさんとも付き合い、フリーな生き方を学び、誠実さと武道で鍛えた技も功を奏してその世界でも信頼される立場になった。

ホンコンやくざのカクさんが、窮地に落ちた時カンさんが同行し空手とカンフーをミックスした技で一瞬で決着し「温厚なカンさんを怒らしらたら命の保証がないよ」怖がられて居る。
表裏のない付き合いにカクさんやショウ社長の支援で、安定しているが国の方針が見えない!!

外洋航行が可能なクルーザーを改造し、エンジン・レーダー・無線を強化したが外見では気付かない、頼もしい運び屋になって、それなりの売り上げが有った。

 

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東京23区と同じくらいの広さですが、シンガポール共和国で首都もシンガポール(^^♪

子供たちは留学

ただマカオにも住まいをキープしたが、いずれも幼い子供の養育には適しないことを痛感し、長男が中学になり長女も小学校の3年から、友人の勧めでシンガポールの厳格なミッションスクールに留学させ、カンさん夫妻が時間が出来ると一泊でも会いにゆきホットな家族関係が出来ていた。

まさるが、みんなに食事を勧めシュウジンくんに目を留めた。
小さくうなずくのを見て

「今日の主役お二人かた一言コメントいただけそうです、シュウジンくんどうぞ」

「カン・シュウジンと言います、父がお話ししたのでわたくしは、妹と日本の童謡を歌います、間違うかもしれませんが、お許しください」とハーウインちゃんに目をやる。

 

ハーウインさんも6年生だが身長があり、兄と並んでも見劣りしない。

「カン・ハーウインと言います、まだ6年生ですが日本に来れてすごく嬉しいです」と会釈する。

シュウジンくんが、「夕焼け小焼け」を静かに歌い初め、続けてハーウインさんが小さい声で輪唱する、相当練習したのか聞いている人たちがうっとりする雰囲気だった。

続けて「ふるさと」を歌い始める。

終わって、拍手がなかなか止まらない状態で、まさるが有難うございます、礼を言う。

カンさん夫妻は手を叩きながら、目にハンカチを当てている。

 

ここでシュウジンくんが
「今日はお父さんが、お爺ちゃんおばぁさんの大事なことを話しましたが、初めて聞いたので感動しています、日本の童謡はシンガポールの日本語教室で教わりました。
日本の女性の先生が歌の意味も丁寧に話して呉れて、大好きです。「故郷」や「夕焼け小焼け」景色が早く眺めたいと思っています。みなさま 今後も宜しくお願いします」と丁寧に頭を下げた。

並んで立っているハーウインさんも、遅れずに礼をした。

さっきより大きな拍手が続く! 

豊さんが、石巻のカキと野菜類を持って来てくれたので、フライの用意をしておきますね」と念をおす。

大事な友人も誘う

「わかりました、小野寺さんが来ると言っていたが来たらご一緒するように誘っておいてください」とまさるが友達を誘う、カンさんたちも移住する大事な友人で、地元の友人に紹介する意味も大事だ。

 

 

「そうですね、珍しく築館の俊太郎さんがお稽古に寄られたので、お誘いしてしておきますね」と大事な友達二人を誘っていた。

 

「そうでしたか? お兄さんも当然引き留めておいてください、しばらくお会いしていないので話もしたいですね」とまさるも期待して居る。

 

夕食はお客が多く賑やかだ。

昨夜彩音さんと香織さんが相談していたが、留守中に彩音さんが弓道の女子塾生に声を掛け手伝ってもらったようで、食堂に修仁くんと恵姫さんの歓迎の飾りつけをした様だ

 

食堂の正面に【歓迎】【ようこそ”シュウジンさま&ハーウインさま”】と横断幕が掲示されスポットライトで照明して有った。豊さんも手伝ったらしく、賑わっていた。

彩音さんは、椅子にかけてテキパキと指示を出し、研修所の斎藤先生が若女将のように配膳や、参加者のテーブルにネームシートやプレートを造り、胸につけていた。

 

若い人たちが何かのパーティーのように、活発にやっている。

カンさん夫妻や佐々木さん・小野寺さんたちも、何事かと驚いた顔で席に着いていた。

そこへ弓道の女子部員に先導された、主役のプリンスとプリンセスが上気した顔で進んできた。

彩音さんが、胸に着いたマイクで挨拶し、お二人の歓迎の意味で研修場の皆さんのお手伝いで、サプライズを演出しました、脅かしてごめんなさいね!と謝る。

 

ここで、まさるが替わり

「カンさん夫妻の来日は少し長くなるので後で紹介します、お子さんたちの到着を歓迎するためにささやかな食事会にお付き合いください」と簡単に全員の所属と名前と関係を紹介した。

カンさん夫妻と、シュウジンとハーウインさんの名前を紹介、住まいと名前だけをご自分ので話し、カンパイの挨拶を斎藤先生に振る。

 

斎藤さんには事前に、少しだけ情報を出しておいたので、さりげなくマカオシンガポールからの珍客に礼を尽くした言葉で。歓迎のあいさつをしながらカンパイと杯を上げる。

カンさんたちは、まさるたちの流れに任せにこにこしている。

俊太郎さんと小野寺さんは、事情が分からず戸惑っていたが、まさるは

「お酒の飲める方は召し上がってください.喉を潤したら食事をしながら、順々にお話を紹介してください」

 

俊太郎さんが話したい素振りなので

「本日一番遠い所にお帰りになる、佐々木俊太郎さまより伺いましょう」と紹介する

 

俊太郎さんは、一番に指名されるとは思っていなかったようで、慌てて立ち上がり。

「カンさんご一家、初めまして佐々木です、私は柏木師範とは師弟関係で、少し距離があるので1年に4~5回しか稽古できない、不真面目な弟子です。カンさんは柏木さんとは深いおつきあいのようですから、この交流を十分楽しんでください。何んで招かれたのか理解して居なのですが、今日は有難うございます」とまさるを見る。

 

まさるが「佐々木さんは、私のお兄さん的な方でこの方の弟さんの下で働いて居た時、香港に出張してカンさんにお世話になった、長い話があります。また今日は佐々木さんと小野寺さんは友達の少ない私の大事な友達が巡り合わせたのも、何かの縁でしょう」

 

その時、カンさんが顔を上げ、まさるをみる。

「それでは今晩の準主役的な、カン・ソンシさん、またの名前は榊原修二さをご紹介します」

 

まさるは、カンさんから八極拳を技ごとに区切り、スローモーションのように動作しながら、解説を聞きいて教わっている。

動画は彩音さんがとり音声は古川の正一さんが、道場の上に設定した複数のマイクロホンで録音し、あとで編集しながらムービーに仕上げる様だ。

 

ユウリンさんも、男性陣の真剣なお稽古を見ながら「一緒にお稽古するのですが、こうしてみるとサッキーも結構飛んでいますね」と笑顔になって感想を言う。

「まさるさんは、最近接近戦は少ないので、楽しそうですね」と彩音さんも笑っている

「そうか、柔道は拳や蹴りは使わないから、投げが多く受け身を大事な動作ですね」と武道に精通しているので、ポイントをきちんと見ている。

「私たちは中国からマカオに移住し、主人は結構体を張った仕事なので、柏木さんをモデルに生活設計の変更を考えているんですよ」

「そのお話は、ご主人のカンさんからも何となく感じましたが、マカオが住み辛い分けじゃ無いでしょう」

「元籍が中国でしょう~、それも影響しているのか昔からの香港マカオの人たちと雰囲気が違うのかも知れませんね」と少し寂しそうな顔になった。

 

「お子さんたちの進学がシンガポールに為さったのは、其のためでしたか?」と彩音さんもポイントを付いた質問をする。

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カンさんは不定期の海上輸送を生業としています(^^♪

「そうなんです、香港もマカオも本土の影響が強くなりうちの商売もイレギュラーなものと判定されているんですよ、マカオの公的機関からも頼りにされているし、本土の出先の地方の公安にも知古が多く繁盛しているのですが、本土の中央政府の一声でガラッと方針が変わりそうですからね」

「深圳の会社は叔父に譲渡したので、戻ることは出来ませんから今回は【どこか安心できるところを見つけたいね】と二人の合意と子供たちにも含めて居ますから~」とユウリンの顔が少し寂しそうだ。

 [八極拳はキツイよ~筋肉がバラバラになっちゃて、しばし休憩~」と珍しくまさるが弱音を吐き、全身びっしょりだ。

 

カンさんも汗びっしょりで「柏木さんは基礎が出来ているから手抜きできないですよ」とこっちも珍しくクタクタの様だ

 

二人の偉丈夫が見所の畳の上に伸びている。

ユウリンさんが、予期したように食堂から冷えたポカリを4本持って
「彩音様これでいいですか?」と差し出す。

「あれっごめんね、お客さんにお世話してもらって~」と彩音が笑っている。

「あの二人にも、水補給を進めますね」と見所に持ってゆく。

 

その日の夕食は祖父と香織さんが一緒で、少し賑やかになった。

彩音さんのお腹も臨月間近を感じさせ、香織さんはほとんど川渡から通勤し、家事を任せっきりになっている。

古川の須永先生は、1時間くらいの余裕があると、車で飛んでくる。彩音さんと話をすると安心して「またねぇ~」とベンツのSUVで軽快エンジン音を響かせ走り去る

周りが過保護なくらい気を配ってくれるので、元〇部さんは妊婦ながら体重も増え貫禄が出てきた。

彩音さんは、道場で話したマカオを離れたいカン一家のことが気になり、夕食後に食堂の隣の居間で寛ぎタイムに、敢えて話題にした。

「カンさんは青森の「躰道」の研修の他にご予定はありますか?」と投げかける。

「特に決めていないのですが、子供たちと合流してから希望があるでしょうから、その時に決めたいと考えています」

 

「そうですね、折角のファミリー旅行ですから、大事なことですね、若し東北の場合は気兼ねなくここをベースにして、計画して下さいね」

「はい、有難うございます、よそ者が家族でお邪魔してしまうのも失礼な話ですね」

「いや~そうじゃなくてユウリンさんと話して、マカオのことが凄く気になったものですから、そのプランも有るのかな考えました」

 

「あぁ~その話ですね、それは喫緊のことなので子供の意見も聞いて決めますが、長野の親たちにも相談してきました」とまさると祖父の顔を見ながら話始める。

まさるが「何ですか?マカオの件というのは」と言いながら彩音さんお顔とカンさんを見る。

「これは我々のプライベートな事なので、子供たちと日本国内を回りながら話し合おうと思っています、ざっくばらんに言うと私の仕事はマカオだから出来ていましたが、本土のプレッシャーが強くなり、切り上げようと考えています」

「それは大決断になりますね~」とまさるも威儀を正すように座り直して聞く。

寛いで居た大人6人は、一斉にカンさんに注目する!

カンさんがマカオで海運業を始めて、師匠のショウ社長が定時運航でカバーしきれない仕事を、カンさんに回し個人会社で自由が利くので時間外(深夜も)の運行が出来たので売り上げが上昇し負債も消え、余裕が出来た。
マイケルたちが海外に追った事案で、カンさんの協力が有って超法規的処分で、カンさんが羽田まで同行してきた。

カンさんの家庭は子供二人はシンガポールに留学して居るので、カン夫妻は旅行が身軽に出来た。
今回は被疑者の追跡・確保・など人的協力をカンさんが関わり、被疑者の尋問などにアドバイザーとして待機し、一致段落した時期にユウリンさんも合流、めおと道場に逗留している。

カンさんご夫妻が川渡で寛いで居たころ、シンガポールに留学していた兄妹が

「学校が休みになるのよ、お家に帰るのいつ頃ですか?」とLINEで問い合わせてきた。

 

「あと2~3週間は日本の旅行を楽しむ積りよ」と返信すると
「私たちマカオに帰っても、誰もいないのかぁ?」と非難めいたトークだ。

「お隣に頼んであるから、入れるわよ」と気軽に返すと
「それでは面白くないよ、私たちも日本に行けないの?」とドッキリするトークだ。

「待ってよ、そのお話をパパに聞いてみるから~」 お待ちください画面に!!

「パパは二人で来るなら、ANAかJALのショップに相談しなさい。シンガポールから仙台空港を申し込むと、成田か羽田で乗り換えするベストなフライトをリザーブ出きるから、仙台空港へは柏木さんの車で迎えに行きます」と返事する。

 

「わかりました、明日二人で行って相談してみます」と物分かりが良い子供たちだ。

「カウンターで色々聞かれるかも知れないので、パパたちが日本のお友達の道場でお世話になっているので合流します」とはっきり話しなさいよ。
ビザの件は航空会社の方に聞いてみてください」とユウリンもはっきり分からない部分もある。

「前に柏木さんのご主人が、シンガポールに勤務し慣れて居られるのでお聞きしたら、仙台でも青森でも窓口で相談すると丁寧にセッテンぐして呉れるそうよ」

「パパが明日から青森に行きたいらしいのよ、なんでも状況が変わったらお互いにすぐ連絡しましょうね」

 

子どもたちの動きで、まさるに相談して居ると、

「カンさん「躰道」でしたね、行ってみますか?我妻先生は厳しい人らしいですが、不真面目な方や、冷やかし見たいな体験ツアーなどには対応しないようです」とまさるも情報を持っている様だ。

「その辺はWebなどの情報で把握し覚悟しています、時間の許す範囲でご指導を仰ぎたいと考えています、ユウリンも2~3週間の入門コースが許されるなら相談してみます」

「奥様の八極拳は、合気道のようにゆったりして優雅な流れですよね」と彩音さんも大きなお腹を抱えて、遠来のお客さんお馴染んでいる。

 

「彩音様に合気道の手解きを期待して居ましたが、お目出たいお体では仕方ないので、次回体調が整った頃に、お伺いします」と次回の予約をしているユウリンだ。

「カンフーも八極拳もかなり激しいですよね、いつごろから始めたのですか?」と彩音も武道家としての心構えが働き、興味を示す。

 

ユウリンはカンさんの顔を見ながら「小学生のころから近所の道場に遊びに行っていましたので、中学に進んだころには毎日お稽古に行っていました」

「ユウリンさんのカンフーは、合気道に近く優雅の動きですね、ご主人とは稽古を眺めるだけにして、高速度撮影したい気分ですね」と彩音さんは見所脇のソフアからムービーを回しながら解説している。