∞心機一転まさるの日記∞ -14ページ目

∞心機一転まさるの日記∞

規律の厳しい役所を退職し自然豊かな山間の温泉町に道場を造りスタートしました。しかし元職からメールが一通!堅い仕事の師範役に逆戻り!

社長即死 奥さん重症の悲惨な事件が発生

カン社長夫妻は、一階の寝室に潜んで居た賊に社長が浴室に行こうとしているところを後ろから一突きで倒された。

気配で奥さんが洗面所から顔を出して賊に気づかれ振り向きざま、刃物を後ろに突き出され避けきれずにわき腹を刺され「ギャッ」と声を出して倒れた。

 

SG(Security Guar)の主任は土足のまま、寝室に突進したが裏口から飛び出す黒い影を目にしたが、奥さんが気になり呻き声の洗面所と浴室の惨状を目にした。

社長の弟の専務はスマホで救急車をコールし、社長は息はなく奥さんは意識があるがかなりの重傷だ。

 

そこへ榊原くんたちが駆け付け、現場は専務とユウリンに任せ、SG主任と二人で裏口から工場のほうに逃げた犯人を追った。

犯人は、侵入も同じ場所だったらしく土の部分に足跡が残っていたが、工場の脇から止めて有った車が走り出した。

 

救急車が社長夫人の止血処置をし搬送開始、ユウリンが同行専務と榊原くんが残る。

警官が社長の遺体も別の救急車で大学病院に移送したいと申し入れて来た。

専務と榊原くんが会社幹部に連絡明朝緊急会議を予定、二人は今後の方針をあらかじめ話し合い、専務を後任に榊原くんは所属決めずに社外のアドバイザーに位置付けることで、会議に諮ることにした。

 

奥さんは重傷で、ユウリンとは話ができるがショックが大きくて難しい状況だった、気丈な奥さんは医療チームの踏ん張りに応えるように、治療に耐えた。

 

会社の経営会議も満場一致で専務の昇格を承認、榊原くんを専務に提案が有ったがもう少し落ち着いてから考えることにし、辞退した。

奥さんの傷も癒えて退院を要請されたが【あの家には帰りたくないと言い出し】榊原くんたちと同居を提案したが、あの工場に近い所は嫌だという。

 

叔父の社長と相談し、特例で社用のマンションを購入、榊原家と同居するところで落ち着いた。

海が近く公園にあるカン家と榊原家の二世帯住居(^^♪

 

 

緑の多い公園近くの新築マンションの最上に二世帯住宅にして榊原家と同居して新たなスタートになった。

最も奥さんは介添えがないと通常の生活が困難で、若夫婦と50代の女性介護士を通勤で依頼し、ユウリンの負担を軽減した。

 

建物はセキュリティが万全で常時警備員が駐在し、深圳大学の施設と隣接し公園の中にいる雰囲気で、奥さんも安心して笑顔も戻ってきた。

会社からは少し離れたが、車で5分もかからないので環境的には最高だ。

やはり決着を付けたい!

警察の捜査とは別行動で、SGの主任と組んで密かに動き主任の知人で、足を洗った元幹部にコネを付けた。

今回の実行犯は裏社会の息のかかったモノらしく、国外に出た様だ、榊原くんは相手がどこに行こうと許す分けにはゆかない。

 

そんな時ユウリンが体の変調に気づき、榊原くんに内緒で友人の医者に電話して妊娠らしいことを知らされた。

 ユウリンのおめでた
改めて友人の大学病院で受診し、4か月近いことが分かった。
医者の友人はユウリンの実家の災難で、無理していることを感じ【何か変調が有ったら救急車じゃなく私に電話して、私が救急車で駆け付けるから】と励ましてくれた。

 

友人もおない年だが、責任のある地位で自由も利くようだ。

事件以来、武道を嗜みながら父の災難に対応できなかった自分を責めてきたようだ、それを見抜いた友人の婦人科医は積極的に学友の危機に関わる気のようだ。ありがたい。

 

武道の稽古で気を紛らしてきたが、早速榊原くんに打ち明け、母親の部屋に行き報告【やっとお孫ちゃんに会えるのねぇ】と事件以来初めての喜ぶ義母の笑顔がまぶしいひと時だ。

大学病院が近く散歩がてら行けるが【まだ奴らが気になるから、必ず僕が付いてゆくから話してよ】とサッキーが念をおしているので、その睦ましさが病院でも評判だ。

 カンさんの初仕事
サッキーが【SGの主任と香港に行ってくる】と言うので送り出した。

二人は外洋にも行ける中型のクルーザーで、深圳の港から聞き込み行脚で、時間がかかる仕事だった。

途中で主任がスマホで連絡し、深圳の港で中年の男性で、その道のベテランらしく多くは語らないが、足を洗っても繋がりがありカン縫製の事件には他人事ながら義憤を感じていた。

 

裁判に負けても反省できず、手を出したことは自分がその当事者なら仕事も手に付かずその日のうちに行動しただろう。
【榊原さんの立場なら後始末と会社・家族の進路も分別のある処置になるのは尤もですね】と協力を引き受けてくれた、カク・ヘイジュンさんだった。

 

今回は、実行犯は許せないが指示した元会社役員は、実行犯以上に悪辣だと怒っている。榊原くんも同じ気持ちだが、SGの主任のシンさんは目の前で犯行を防げなかった自責が強く、どうしても決着をつけたいと申し出た様だ。

 

クルーザーは個人の運営会社で、カクさんの入魂の友人のショウさんは表も裏も承知しており、今回の業務依頼は仔細を聞かずカクさんの指示通り動くことを約束していた。

 

榊原くんもこんな仕事もあるんだぁと感心しながら、頼もしい3人と一緒に深夜の深圳港を出発、香港の静かな小島につけて地元の友達チュウ・ケンスに会ってみた。

「そのキン何とかいう親父が、知り合いの不動産屋で物件を探していた様だよ」と言う情報が有った。

 

「もちろんこの島じゃなくて、マンションだよ、良くヤバイ商売で失敗した奴がカクレンボする建物で、家賃は前払いで居なくなったらそれで縁切れるだけさ」

「何で知っているかと言うと、うちの若いのを聞き込みで張り込ましていたんだが、本国の新聞に載った元取締役の殺人教唆で指名手配になった親父だから気づいたようだ」

 

「その話が、俺の事務所に通報してくれたのが、チュウさんだったわけか」 とカクさんが納得した。

「先ず手始めに、ドヤ街に絞って張るしかないか?」とカクさんが案を出す。

「大体キンの足取りが見えて来たね、有難うございます」とシン主任が頭を下げる。

サッキーも「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げる。

 

「いや~まだ尻尾を見ただけで、確保していないからお礼は早いですよ、うちの若いのを10名ほど散らしましたから、ネタがあればスマホで来ますから、夕飯は取っていないのでしょ、軽い食事を用意しますから~後は仮眠して待ってくださいよ」

 

「そうか田舎者がツラ出すと却ってヤバイか?」と言い、カクさんは地元の昔の仲間に任す。

「いや~カク兄ぃはご存じだから言いますが、我々はサツより目が利きますから任せてください、写真入りの手配者は時間が掛かりません、体を確保したらお知らせします」と別室の大きな部屋に案内され、暖かい中華がゆとスープが揃っていた。

 

遅い夕食を頂き、ソフアや大きな椅子に体を預けウトウトと仮眠をとる。
一寝入りして、外はまだ薄暗いがホンコンに散らした若い連中が、マカオの警察局で検問でひっかった実行犯らしいのが、しぶとくて始末悪いネタを拾った。

司直と仲睦ましく
チュウさんが真夜中だがマカオの警察局に電話して、貰い下げを打診したらしい。
マカオの警察局副局長はチュウさんの叔父さんで、融通が利く。元々一般市民だったが返還時から役人以外から登用され、地元の要人を起用しているらしい。

【明朝7時ごろ、門外に放出するから拾え】というメッセージを受信、若いのが8名ほどワゴン車2台で待機、それなりのお土産は先渡しして有るという。

 

ワゴン車は、そのままフェリーに乗せて香港島にわたり、着いたらカクさんたちのクルーザーに引き渡すことになっていた。

東京と横浜の契約は、単価の見直しも快く承諾してもらい、大阪の商社の件は噂で流れていた様だ。

ほぼ正当な取引で、契約続行を確認して長野の実家に向かう。

 

榊原さんが深圳大学に留学するときから、しばらく帰国できないことを話していたが、今日の午前中に、会社の出張で帰国したので長野に寄ることを連絡していた。

一人で来るのかと思っていた両親兄弟は、ユウリンさんと連れだって来たので驚ろき、家じゅう大慌てで片付けなど始まった。

 

両親は、カンさんの会社に就職したことは手紙で連絡して有ったので、何となく予感していたので寧ろ喜んでいるようだ。

家業を継いだ兄は、自由が丘の騒ぎで休学した時、国内では落ち着かないだろうと【少し外の空気を吸って気持ちを入れ替えろ】と資金援助し東南アジアを進めてくれた。

 

二十歳前後の海外一人旅で、純真な学生が台湾・中国と渡り歩き、言葉はある程度通じたが、外国で放浪のような生活は想像以上に苦難なものだった。

大陸を横断する形で深圳に到着して、初めて【ホット】安堵した気持ちになった。

人の情(なさけ)がしみじみと感じ、涙を流すほどの出会いであった。

 

同じ年齢のユウリンの優しさにもほだされ、荒んだ心情が解けて笑顔が多くなり、カンさん一家から信頼を得た本人も、心身共に充実した時を過ごしている。

ユウリンは父の影響から日本が好きで、家族旅行は北海道から九州まで知り尽くしていた、高校のころから日本語を学び、大学は深圳大学で自転車通学出来ろ近さだった。

婚約の発表

榊原くんが帰郷の目的、婚約の報告をした。

「中国を旅行しボロボロになった僕を救ってくれた、カンさん一家の長女カン・ユウリンさんです、会社が落ち着いてきたので、春ごろに結婚することにしました」と紹介。

 

ユウリンも正座し【カン・ユウリンと言います。よろしくお願いいたします】とキレイな日本語で、丁寧に礼をした。

家じゅうがびっくり、中国の若い女性が三つ指を付いて、礼をされて驚いた。

 両親は、驚きもせず静かに自己紹介をし、兄夫婦も座り直して自己紹介をした。

甥と姪も、照れながら大人たちに続いて名前を言って、自己紹介をした。

 

初対面でも日本人と変わらない面立ちで、日本語が話せるユウリンは旧家でもたちまち人気者になり、華奢に見える体で八極拳の指導免許の保持者で有ることも信頼度が上昇。

榊原くんは、ユウリンの婚約者と言うだけでも奇異にみられ、会社でも幹部として処遇されていることが、信じられない様だ。

 

田舎の若者が中国の会社で、営業を任されて日本の商社と対等に取引しブラック企業を切り捨てた手並みは、ビジネスマンとしても羨望の目で見られた。

 

裁判も勝訴

長野の実家で晩餐の接待を受けているとき、カン社長から電話が入った。

「今日の午後、前取締役の訴訟で判決が下り全面的に勝訴、5年ほど前からの不正取引のほぼ全額を返済される判決が下りたんだよ、これは全て榊原くんの功績だよ」とうれしい速報だった。

 

みんなの前で、榊原くんがカン縫製会社の入社したいきさつは、倒産寸前の会社を再起動させた経緯を説明し、やっと安定操業のめどが立ったことを報告した。

「早速戻って、会社の施設の整備や増築など忙しくなりそうだ」と続けると
「何言っているんだよ、さっき着いたばかりで忙しないやつだなぁ~」と父親が笑いながら苦言を言う。

 

兄も「明日は土曜日だしユウリンさんは日本の温泉が楽しみだと言っているよ、俺が運転するから1週間ぐらいはゆっくりして休養をとれよ」と温泉巡りに自分の車で付き合う気配だ。

なぜか気が合った兄嫁の幸子さんとユウリンが【幸子様は外でお仕事は為さっているのですか】と聞き【お時間があるのでしたらご一緒したいですね】と言い出した。

 

「それじゃ16人乗りで親父たちも一緒に行こうか~」と兄の宗一郎が案をだした。

両親も笑顔で聞いていたが【俺たちは邪魔じゃないのか?】と引いたが、ユウリンさんが榊原くんに頷き、両親も一緒に行くことが決まった。

 

長野にも温泉が数多あるが、隣の群馬県の草津温泉に予約して、翌日は土木会社の小型バスで出発。

草津温泉と浅間山(^^♪

両家の温泉巡り

途中のフルーツ農場で、ぶどうと桃狩りを楽しみ、川原のバーベキューコーナーでは子供たちもはユウリンさんにも気後れせず馴染んで、ユウリンも大喜びだ。

 

日曜日は善行寺周りで上田に帰った。ドライブの疲れを手足を伸ばして癒していると、深圳の社長から電話が入る。

裁判で敗訴して落ち込んでいた、前取締役が地元のテレビのインタビューで【俺はカン縫製から搾取したつもりじゃない、奴らに嵌められた】と嘯いていたらしい。

 

【今後は十分気を配って行動しなくちゃいけないよ、何か後ろ暗い連中と手を組んでいることが、弟の専務が聞きつけた様だ】と忠告の電話だった。

ゆっくりする積りで出かけたが、やはりカン社長の言葉が気になり、翌日の便を予約慌ただしく、新幹線に乗る。

月曜の夕方深圳に帰り、カン社長の無事な姿にホットしながら、防禦作戦を協議。

会社も無防備では舐められる、それなりの部署を設定、社員の安全確保も考え早急に対応することにし、榊原くんも武道が得意なので社内にセクションを設けた。

 

八極拳の呉先生に相談し、それなりに信頼できる知り合いや塾生を紹介してもらい、結構な陣容のSG(Security Guar)チームが出来上がった。

会社の幹部が外出する際は、SGチームが同行することを決めた。社長の自宅は会社の地続きで、工場側から自由に出入り出来たので閉鎖し、表から入るように変えた。

公安と税務が連携して前取締役の資産チェックが進み、銀行口座を差し押さえ、脱税分を追加納付で回収、賠償金はカン縫製の口座に振り込まれた。

 

カン縫製が想定した金額の10倍ほどの金額が振り込まれ、銀行が驚いて連絡をしてくる騒ぎになった。

 

相手もショックが大きかったようで、会社の前を窓を黒く塗った車が、ゆっくる通り、伺っている気配を感じるようになった。

 

今回、会社に警備部署を設定する相談した地元の警察の話すと、早速現場を見てくれて黒の車も確認、直後からパトロールのコースに加えて呉れた。

 

専務も家族持ちだがSGチームと一緒に社長宅に泊まり万全の態勢を整えた。

会社も安定操業になったので、榊原くんとユウリンの結婚式は小規模の身内だけのパーテーで済ました。

 

住まいだけは、敷地内にあったゲストハウスを改造し、社長宅に近くなりお互い心強くなり、食事も相互に行き来するので、一日一回は一緒に食べている。

相手の動きが見え無いが、油断できないので新婚旅行はお預けの状態だ。

社長宅で夕食後

その日は専務とSGチームの主任が夜勤で、珍しく社長夫妻と榊原夫妻と夜警の二人も一緒に楽しく食事をした。

 

専務とSGの主任は、食後の巡回で工場側に向かうとき玄関のカギが開いているので違和感を感じたが、一歩外に出た瞬間社長の寝室側から「ギャー」と声が聞こえた。

 

大阪は馴染みがなく、他国のような疎外感があったが、商売なので丁重に名刺を出して挨拶し。当然中国語で話したが日本人と気付かないようだ。

 

大阪梅田の繁華街から少し入った、10階建てのビルに2フロアーを使った中堅の商社だが、なんのとなく緩んでいると感じた、榊原さんは腹が決まっていた。

 

粛清された取締役と同行した紗営業課長は若い頃だが、商社の言い値で契約し夜の付き合いは全部持って、納入の数字だけは大きいが散々な出張だったことを思い出した。
 

今も舐めている大阪の商社 は一方的な会議進行は同じで、締めようと相変わらずだ。

今日も、商社の部長が開口一番、大阪弁丸出しで【縫い方が雑でロットごとの梱包が悪い】とか商品にイチャモンを並べている。

 

榊原さんは、発言せず相手の顔をじっくり眺めている、 紗営業課長を前面に出し挨拶させ、部長と言う人物は榊原さんが気になるようでチラチラ視線を感じるが、知らん顔で口出しをしない。

 

何も知らない若造のくせにと、態度が気に食わないようだ、部長も営業課長に続きを任せた様だ、以前は電話などで打ち合わせ事前に概ねを確定し、セレモニーとして会議を開き契約をした形跡があった。

 

今回は、様子が違うので担当課長も、何が交渉条件なのか把握できず、部長の顔を見ながら自分たちの資料を捲っている。

榊原さんが、満を持して「部長さん、本日の招請は何でしたかね?」と水を向けた。

同行したカン縫製の営業課長も、榊原さんの支持をうけているので、戸惑った様な顔をして、「う~ん」と唸った。

 

部長が、榊原さんが標準的な日本語でしゃべりだしたので、慌てて名刺を捲って顔を見直している。

部長が「榊原さんは日本の方でしたか~」と念を押して「年に一回の交流会をやってきましたが、ここ3~4年都合が付かず延び延びになっていました、人事も刷新された様なので今日になりました」

 

「先ほど縫製が悪いとか、ロットの梱包が悪いとかは、この会議でやってきたのですか、昔の議事録を参考に所見しましたが、クレームの話は一行も有りませんでしたよ」 

「いや~それは前の取締り役が事前に調整して呉れましたから、問題は無かったのですが、最近は伝票のやりとりだけで対面のお話が出来ていませんでしたからね」

「いや~それは前の取締り役が事前に調整して呉れましたから、問題は無かったのですが、最近は伝票のやりとりだけで対面のお話が出来ていませんでしたからね」

「社内に悔恨の不祥事がありまして、斬鬼の粛清に時間を費やしました、新規巻き直しで取引をリスターする方針です。今後もご協力をお願いします」


「会社存続に際し、社長以下社員一同と腹を割って検討協議した結果を、お示しいたします。今後のお取引概要です」と営業課長に資料を出すように促す。

 

「最近の材料費の高騰と、中国も労働力の不足等でお取引の見直しをご相談したいと考えています。お示しのような卸値の見直しをしました。次回からこの形になります」

 

「えっつ 突然こんな話は承諾できませんよ」と部長が顔色を変えて抗議する。

「うちの営業課長も、電話で内合わせをしましょうと言いましたが、私はこう言う話こそ直接お会いしたほうが、ご了解を得易いと,伺ったわけです」

 

「先にお話を頂いても、お受けできない数字ですよ、今までの倍近い値じゃないですか?こんな話全然飲めないですよ」

「あぁ~そうですか、日本の商社や通産省の友人と時々情報交換しています。うちの製品も承知していましたよ、店頭には可なりいい値段で出ているようですね」

「お役所にお友達が居られると、何かと心強いですね」と皮肉な口ぶりで顔が歪んでいる。

 

「お宅との取引が本国で非難されましてね【カン縫製が相場を壊して日本の取引が中断した】と苦情を言われ、実態調査で判明しましたよ、積み込み時の帳票を二通り発行させ、差額をうちの取締役と山分けして居たそうですね」

 

「カン縫製と更迭した取締の口座に【同程度の振り込み金額のことも在りました】と銀行サイドの裏付けがあるのです」
「うちは縫製工場になっていますが、独自の生地の仕入れからデザイナーも含めて、他の工場とは違うスタンスで評価を得てきました」

仕入れからデザイナーも含めて、他の工場とは違うスタンスで評価を得てきました」「うちは縫製工場になっていますが、独自の生地の仕入れからデザイナーも含めて、他の工場とは違うスタンスで評価を得てきました」

「内輪の話ですが、前の取締役がお宅の会社だけでなく、商社やバイヤーと癒着して私利私欲に傾注し、莫大な損害を被りました」

「そのお話は、お宅の社内の内輪の話でしょう、この数字じゃ無理ですよ」

 

「お返事は、即答は無理でしょうから、FAXなり別途通信でご返事を下さい。お伝えして置きますがうちの取引に対し、2回づつ振り込まれた件で、通産省の出先機関で内定している様ですから、送達伝票の2重発行の件は、4~5年前までさかのぼって提出してあります、念のため~今日はお招きに与かり有難うございます」

 

榊原さんたちは、挨拶もそこそこに風のように表に出た。

「これでこの会社とは縁が切れそうですね」とユウリンさんはにこにこしている。

 

営業課長は「サッキーさんの交渉術を早くマスターしたいです、凄く手順がよくて相手が抗弁できず引っ込んでゆくのが、実感できました」

「いや~これは面談だから出来るので、電話じゃ逃げ切られますね、こんな感じで都合の悪い取引先は整理して、実績を上げてゆきましょう」とはっぱを掛ける。

榊原さんが、営業課長に(次の訪問先に予定の時間に伺うことを伝えなさい)と指示すると、スマホの着信バイブが作動//

「はいっ 榊原です。あっ社長~今大阪の例の会社に引導渡して出てきたところです、
~そうですか、裁判は全面勝訴ですか?良かったですね。かなりの額が保証されますね、~う~んあの取締役の資産を差し押さえて、賠償金として支払いを命じましたか!」

 

「~~裁判と同時進行で公安が不良所得を内定していたのですか?没収して損害額を返却する形ですか?中国は素早くて公正ですね」と榊原さんが感心している。

「はい東京はこれから訪問し、明日横浜で打ち合わせをして、明日の夜長野に行きます。
紗営業課長も行こうと説得しているのですが、明日の便で羽田から帰りたいというので、明日から別行動になります、なんとか全部の取引を健全な形に戻して往きたいと考えています~~わかりました」

 

会社の業績が悪いので、3か所の工場を2箇所に集約し希望退職を募ったが、自宅通勤者はほとんど残ったが、地方の人たちが離れたようだ。

その際、会社の顧問弁護士と相談して、素行不良の社員をピックアップして賄賂やゆすり怠慢などの、証拠を集め同僚部下などから情報を集めた。
取締役会議に証拠の明確なものは金銭収集簿から抜粋して、弁護士と前任の取締まりも同席してもらって、当該取締役に辞表を書かせた。

 

証拠品として、警察に提出する書類、賄賂をゆすった先から証拠の出納簿のコピー、探偵会社に頼んで金融会社の取引原簿から当該取締の資産帳簿のコピー、それらの証拠を提示した。

技術的な分野を社長が負って、財務決算も含めて任せた役員が2~3年の間に業績の30%くらい掠めて、別会社で金融業をやりかけて居た。

 

社員の何パーセントかは、手なずけていたようで不良役員を尋問しているうちに自主的に辞職願を出して、飛び出して行ったようだ。

カン社長は不良社員の一掃で目の届く会社になったが、悪いのはそれなりに社業をこなしていたようで、残った人材では人手が足りないことを痛感した。

 再起の人材確保に奔走

優秀な人材は、倒産寸前の会社には興味を示さず、町の武道場などで質実剛健な人に、アポなしで体当たり的に勧誘して歩いていたのがカンさん親娘だった。

 

兎に角自分の目で確かめ、話をして品定めをする行脚を開始し3日目だった。
日本で学んで働き始めたカンさんは日本人が好きで、日本の若者を最低一人は採用する目標で開始した募集行脚である。

 

今日も市内の武道場を回り、人材探しをした。

榊原さんが立ち寄った八極拳の道場もカンさん知り合いで、榊原さんと入れ違いくらいの時間差で、顔を出して居たようだ。

八極拳は河北省滄県巴子拳は地名のようだ。18世紀ごろイスラム教の回族の孟村の住人で文武両道の>呉鐘(ゴ・ショウ)が継承し、孟村に広めたのが娘である呉栄(ゴ・エーイ)と伝えられている深圳の道場主も「呉」さんで、今は語らないが系図的には伝統が継承されているようだ。

八極拳はカンフーの原型で、中国では別名の武道が数多くあり、いずれが本流なのかはさておいて、接近戦で拳と脚が自由自在に変化して、必殺技が多く攻撃が防御也の理。

 

榊原さんは、深圳大学に学びながら「カン縫製工場」でバイトし、時間があればお嬢さんのユウリンさんと大学の道場で学生たちと稽古することも有る。

道場の女子も集団演技では飛んだり跳ねたり、楽しそうだ(^^♪

 

榊原さんの大学の単位は、日本で取得した成績を送ってもら残りが1年位で卒業扱いになった。そのあと八か月ほど経済学の企業に関する研究室に残り。企業の法律や行身について研究した。

 

晴れて卒業し、新入社員として本格的に仕事を学びながら、外国語の重要性や社員の働きに付いても改めて難しさを学ぶ。

カン社長は、まず体で覚えて社員が手を抜いたりごまかす場合は、口で言うのではなく実技で機械を動かしたり帳簿をつけたり、相互に信頼のできる会社を目指していた。

カン社長は、日本で勤めていたことは社員のモラルが高く上層部の人間が口出しせず、現場の先輩・後輩の技能・知識の伝承がスムーズで、幹部が口出し不要だったが、本国では企業体力が弱く社員のレベルが違っていた。
 

榊原さんはバイトの積りだから気持ちが楽だったが、仕事を教えるときのカン社長の真剣さに圧倒されユウリンさんに【お父さんは教えるときは怖いですよ】と言ったら【期待する人が見つかり嬉しいのよ】とさりげなく言う。

 

「だって僕は外国のバイトの学生だったんですよ」

「もう社員ですから、サッキーは見込まれたのよ」と笑っている。

「突然、国に帰ると言い出すかもしれないのに、入れ込みすぎですよ」と惚ける。

「その時は、私も日本に付いていきますからね」とユウリンさんが澄ました顔で言う。

 

「それは大丈夫ですよ、でもユウリンさんが居なくなったら、会社を継ぐ人が居なくて社長はがっかりするでしょうね」と榊原さんが無責任な事を言う。

「だから毎日のように、あっちこっちに連れまわして早く教え込み、引退の用意をして居るんでしょう」とユウリンさんも真剣になってきた。
 

「だって去年卒業した若造が、こんな規模の大きい会社を切り回すのは10年早いよ」と自分の本音を吐露する。

「大丈夫よ八極拳のお稽古を見ていると分かりますよ、最近はどこから責められても平気で躱して相手の急所を寸止めで離れるのは、師範級よ」

 

「ユウリンはいつも止めないで突いてくるんで、痣だらけだよ」と笑う。
「女子は力が弱いから、男子と稽古する場合は当ててもOKと、呉先生が許してくれましたよ、先生の肘うちは素晴らしいわねぇ」とユウリンさんは楽しそうだ。

 

「僕は呉先生の右ひじで、気絶しそうになったよ、先生が【サッキーごめん本気だしちゃったぁ~】と言ってた。僕は苦しくて胸を掻きむしり転げまわっているのを見ながら笑っていた」

 

「先生じゃ【サッキーは空手の段持ちで、充分耐えられるから、楽しいよ】と仰っていましたよ」

「空手も、稽古は寸止めだよ、接近戦は絶対八極拳が有利だが、この間Webで日本には「躰道」と言う接近戦の武道があるようだよ、長野にはなかったが~」

ユウリンさんが「私、高校時代【詠春拳】を稽古して初級コースをクリアしたのよ」と言うので、型を見してもらった。

 

中国の古来の武道から、女性の護身術に考案された合気道に似た、武術だった。

榊原さんが入社3年目に、日本の商社と取引の話で【説明に来い】見たいな上から目線の要請があり、少し慣れてきた榊原さんも同行することになった。

会社の技術部長兼任の取締役で、役員が少ないので何処でも出かけるが、日本は今回が初めてだ。

カン社長が【ユウリンも連れて行って、長野に挨拶してきなさい】と【公認の関係だよ】と伝えることを許した。

深圳がお気に入り

領事館の職員が「バイト探しで領事館に来るなんて珍しい人だなぁ」と笑っている。
榊原くんは、真剣な顔で、「そんなに珍しい事なんですか?」と声高に聞くと、隣にいた中国の親子が興味有りそうな顔で、何か話している。
榊原さんが、得意の広東語で「何か御用ですか?」と聞いて見ると、二人は驚いて顔を見合わせ喜んでいる様だ。


榊原くんは、変だなぁと思いながら相手を見ていると、お父さんらしい男性が
「貴方は中国へ留学しませんか?」と変な質問をして来た。

するとさっきに職員が「あぁそれは良いアイデアだ」とこの三人は納得して喜んで居る。

 

深圳って変な街だなぁと感じながら、
聞いて見た「僕がここへ留学したらいいことが有るんですか?」と聞いて見る。

「それは良いことですよ、私の会社でアルバイトが出来ますからね」と訳が分からないことを言っているこのおじさんは中国人だろうに、日本語が上手いなぁと感心した。

 
領事館の書記官も、おじさん親子とは知り合いのようで、榊原くんが中国語を苦手とみて、中国語を交えて日本語で分かり易く話してくれた。
 榊原さんがカンさんに変身する切っ掛けがここにあった。

おじさんは、カンさんと云い深圳で衣料品の縫製工場を経営し、領事館とも付き合いが有り信頼された間柄らしい。

おじさんは社長で、若いころ日本の大学を卒業し縫製会社の経験を活かして、深圳で縫製工場を始めた人らしい。

 

最近社員の素行が悪くなり、中間の業者や役人が悪い見本で、賄賂の強要が平然となり社員のモラルも落ち、製品も粗悪だとクレーム続出のようだ。

 領事館に相談に来たのが、日本の留学生と人材を紹介して呉れと頼んで居たところへ、榊原さんがバイト探しで偶然めぐり合したことになる。

 

 榊原さんは、深圳とホテル住まいの旅行者なので、その辺から話すと
「それは大丈夫、うちには空き部屋が沢山あるから、10人でも20人でも大丈夫です」とカン社長が明るく笑う。

 

まだ決めた訳でもないのに「夕飯は何にしますか」見たいな調子だ。

隣で、カンさんの娘が「何か手伝う事ありますか?」と日本語で聞く。

「そうですね、何が始まったのか良く分からないのですが、大学を辞めるか迷って居ます」と言うと

「辞めなくても良いです、留学すれば好いです」と簡単に言う。

 

「留学って言っても、簡単には行かないでしょう」としょぼくれる。

「大丈夫です、うちの大学とT工業大学はお友達だから、簡単です」と云う。

「どうして自分の大学が分かったのですか?」と聞くと、娘のユウリンは

「簡単です、榊原さんが持って居る手帳に書いてあるでしょう」と指を差した。

 

「あっつ これねぇ、そうか「TIT」と自分の名前もあるねぇ」と自分で驚く。学生手帳は身分証明書にもなるから、手放すな、と言われて旅だったが気付かなかった。

なんだかんだとその日は夕方までカンさんの会社見学になり、ご自宅で夕食もご馳走になり、カンさんの弟さんにホテルまで送って貰う。

 

「明日は9時ごろまで朝食を終わらしてください、お迎えに来ます」と帰って行った。

取り敢えず、長野の実家に話し大学をどうするか決めなくちゃと悩ましい。

その夜は、実家に電話し両親を説得して、大学の手配を頼む、一度はかえって手続きが必要だが、明日は工場の見学も組みこまれている。

 

1週間ほどして大学の教務課から携帯に電話が来て、自筆の留学依頼書が必要で一旦帰国するか書類を送るから記入して逆送して呉れと言う。

 

榊原さんは、会社の住所もハッキリわからないのでメールで送ることにする。いつの間にか、中國の学生になる手続きを進めていた。

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