そう、私はただの | ツギハギダイアリー Version2.0

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輝いているフリをする、そんな生き物ばかりいる

日本人



普段生活していてそれほど意識しないことだけど、

今回中国に行って初めて、

自分が日本人なんだということを強く感じた。




まず、言語の問題。


日本に生まれて、日本で生きていたら、

日本語さえあれば何の不自由もなく生活できる。


当然ながら、中国では中国語が必要で、

大学の第二外国語で中国語をとってはいたものの

その程度の語学力ではまったく歯が立たなかった。


少しぐらい英語も通じるはず…

と思ったけど、

それは空港までの話で、

お土産店やタクシー、コンビニなどでは

当然中国語しか通じない。


買い物をしようと思っても、会計がいくらなのか聞き取ることさえも難しくて、

いかに日本語に頼りきって生きてきたかを痛感させられたよ。


しかも、中国は多民族国家だから、

出身地方によって様々な言語がある。


公用語は北京語がベースになっていて、

国内に暮らす人であれば皆話せるらしいけど、

例えば上海では通常上海語が使われていて、

北京語とは似ても似つかないものらしい。

(自分にはその違いさえもよくわからなかった)


なんで人間は世界中に住むようになる前に、

言語を統一しようとしなかったのか。

ギリシャ語でもヘブライ語でもいいから、

1つに定めておいてくれればよかったのに。


そんなことを言っても何も変わらないのはわかってる。

わかってるけど、不便すぎる。

語学力は必要だね、最低限。

出直します。



で、中国人の暮らしはというと、貧富の差が激しい。

街中ではドイツ車などの高級車を乗っている人もいれば、

ボロボロの自転車を漕いでいる人もいる。


もっと現実的な話をすると、

日本円で何千億という価格のマンションを購入できる家庭もあれば、

住む場所もない人たちが街中に多くいる。


それは日本でも同じじゃないかと思うけども、

より極端なのだ。

経済力というか、富の有無がはっきりしている。



ごく普通の企業に就職している人であっても、

月々の給料は日本円にして3万円程度らしい。

これは比較的悪くないほうだ。


例えばマクドナルドでバイトをする場合、

時給は8元らしい。つまり128円。


こんな給料しかもらえないのだから、働く意欲も湧いてこないのかもしれない。

これは国民性と言ってしまえばそれまでだけど、

中国の接客態度は日本では最低レベルだ。

4つ星や5つ星のホテルなどは別格だろうけど、

街中のレストランに入っても

歓迎ムードなど皆無で、

なんだ、また客が来たよ…という空気で迎えられる。


レジでお金を出して、おつりが返ってくるわけだけど、

ひどい場合は放り捨てるようにして小銭を渡されることも。


でも、日本では考えられないくらいの低賃金で働かざるを得ない状況なんだから、

丁寧な対応をしようという精神的余裕などないのかもしれない。



そういうことも影響しているからなのか、

中国の人々は非常にドライだ。

他人に対して余分な気遣いは一切示さないし、

自分の都合が悪くなるとすぐに舌打ちする。

電車に乗っていても隣で舌打ちされると、ビビッてしまうよ。


その裏返しなのか、友人など親しい関係の人間に対しては手厚くもてなしてくれる。

今回ガイドを務めてくれた友人(日本人)の現地での友人(中国人)が、

旧正月で家族が集まるから家に来ないか?と誘ってくれて、

まったくの初対面の自分までも夕食に招待してくれた。


正月料理というか、日本のおせち料理にあたるものをご馳走になって、

家族全員と写真を撮ってもらったり、家にも入れてもらったり、

一緒に爆竹を鳴らしたりして、

最後は宿舎まで送ってくれた。

自分がもし招く側だったら、ここまでのもてなしはなかなかできないだろうと思う。

学校の友人ならまだ考えられるけど、

初対面の外国人相手にここまでしてくれるとは…。


だから、このギャップに戸惑ってしまうし、

日本人の一般的な”付き合い”とは感覚的に大きな違いがある気がした。

良くも悪くも、極端なのだ。



こうやって振り返ってみると、この文章を読んだ人が抱く中国人のイメージは

あまり良いものではなくなってしまうかもしれない。


たしかに、自分は旅行に行って現地の人々の言動に衝撃を受けることが多かった。

ただ、それは日本人の自分だからそう感じたのであって、

現地の人々にとってはそれがなんでもない日常なんだろう。


捉え方として、「日本人との違い」という見方自体が誤っているのかもしれない。

だから、これはあくまでも、自分が感じた印象の話。


決して愛想がなくて、舌打ちする人ばかりではない。


確かなことは、貧富の差が生み出している歪みが

人々の心に少なからず影響を及ぼしていているってこと。


街中の小さくて汚れた飲食店で、お釣りを投げるようにして渡されても

不思議と納得して受け取ってしまう

そういう国だった。



例えば今から10年後。

こういった状況がどのように変化しているのか、

とても興味がある。


ぜひ自分の目で確かめに行きたい。

その時は、自分でタクシーの行き先を伝えられるぐらいにはしておこう。

専属ガイドはおそらく、もう相手をしてくれないだろうから。