昭和の復元の際に藤岡先生がこだわられ、そのために設計士を辞めさせたという逸話が残っている千鳥破風の根もとの納まり…
この部分を再現できた模型は今現在皆無ということで、最初に再現できた人になりたくないですか?というお言葉に刺激を受け…
形だけですが。
わかる人にしか分からない。
ごめんなさい。
立体としては成り立っていません。なぜなら、熊本城の千鳥破風の不自然なまでの巨大な蓑甲を再現できていないからです。
本物では直交する屋根の勾配と蓑甲部分での千鳥破風の勾配が同じになって、ここに軒平と軒巴が置かれるという特殊な形状になっているのです。
言葉で説明しても伝わらないと思います。
ゆくゆく、1/100で、という構想がありますので、その時はちゃんと立体として再現したいと思います。
さてさて。
小天守の続きです。
順を追って。
下見板。
ここで問題発生。押縁は大天守では一間に3本、小天守は一間に4本なのですが、ずっと大天守の感覚に慣れていたので、小天守も一間に3本で作ってしまったのです。途中であれっ?と気づくも後の祭り。途中から4本にしたため、混在してめちゃくちゃに。心残りです。
北側に復元されていない出桁の腕木があったり。
古写真をよく見ると、雪隠部分がわずかに突出していて、壁面に段差ができていることが分かります。古図にある窓もよく見るとちゃんとある。
古写真、面白いですね。
古写真をよく見ると、雪隠部分がわずかに突出していて、壁面に段差ができていることが分かります。古図にある窓もよく見るとちゃんとある。
今まで何度も目にしていた古写真に、こんなに新たな情報が隠れていたと思うと、今まで何を見ていたんだろうと思います。