岡山城古写真 新発見??その四 | 城郭模型製作工房

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城郭模型作家・島 充のブログです。日本の城郭および古建築の模型やジオラマの製作過程を公開しています。

記事を連投しています。

岡山城の古写真で、長らく本丸の宍粟(しそう)櫓と旗櫓だと思われてきた写真が、実は二ノ丸の池田主税屋敷内櫓と伊木長門屋敷内櫓ではないかということを指摘してきました。
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昨夜コメントをいただき、以前文化財課の方に根拠を示して指摘したけれど、分かってもらえなかった、という方もおられたようです。

今回の私の指摘で話が進めばいいなと淡い期待を持ちつつ、発信していきたいと思います。

今回で検証は最後です。

本段がより近くに見えるこの写真です。
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模型の御依頼主が今朝も現地に行かれて、写真を撮ってきてくださいました。
昨夜、ラインでこの辺りではないかと話し合っていた場所からです。
中洲の先端、新堰管理橋の東側の塔が立っている地点です。
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そこから撮影された現状の眺め。
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この写真の本段の石垣の稜線と、伊木長門屋敷内櫓台の入り隅のラインを描き起こしました。
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そこに天守を基準に調整した古写真を重ねてみました。
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鳥肌が立ちました。
ほぼ完全に一致します。

もう一枚の写真も、今一度、現状の石垣の稜線を書き起こしたものに
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合成。
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これを驚くべき一致と言わずになんと言いましょう!
携帯のアプリの単純な合成でこの精度なのです。

ちなみに写真が撮影された中洲は、昭和初期まで一つの島だったそうで、川幅も現在より狭かったのではということでした。
これも御依頼主様所有の昭和初期の古地図。
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これまで岡山城本丸の宍粟櫓と旗櫓とされてきた古写真に写っているのは、二ノ丸の池田主税屋敷内櫓と伊木長門屋敷内櫓であると、私は結論づけます。
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これにて検証と考察を一区切りと致します。