北山大塔②朱の色を決定 と古代の寺院 | 城郭模型製作工房

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城郭模型作家・島 充のブログです。日本の城郭および古建築の模型やジオラマの製作過程を公開しています。

義満建立の幻の巨大仏塔、北山大塔です。

今日は朱色を決定しました。
試しに一面だけ彩色してみたところ。
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今回は、次回の建物のために、朱色の塗装の研究をすることが一つの目的として含まれています。次回の建物はのちほど。

朱といってもいろいろあり、まずは手元にある日本画の顔料を並べてみました。
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さすがに天然の岩絵の具の真朱はいい色合いです。
黄口朱は、八坂神社の色ですね。古代朱は色味的にはサビ朱に近いかんじで、修復後の平等院鳳凰堂はこの色合いに近い気がします。

この度は天然の真朱に近い色に決定しました。
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昨日の下塗りの上から、垂木の間と支輪の間に白を入れ、先ほどの朱色で部材を塗り分けていきます。
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この一面だけで1時間かかりました(笑)。単純に計算して塗り分けだけであと27時間かかります。途中からリズムに乗ると早くなりますので、そこまではかからないと思いますが遠い道のりです。

もともと、別の建物をつくる予定でパーツの型取りも完了していましたが、朱色を綺麗に出すために、この塔で勘を掴もうということにしたのでした。
本命の建物は平等院鳳凰堂で、しかも創建時の姿。

創建時はどのようだったかというと、まず、翼廊が池の中から立ち上がっています。
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それと尾廊が橋殿のように吹き放ちであること、
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阿字池の形が今と違い、岬が飛び出していてそこに桜が植えてあったこと。
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尾廊に関しては、現在のものには火頭窓がついていて、私はてっきり後の時代の増築だと思っていました。平安時代に火頭窓があるはずありませんので。しかし、院政期に上皇がここから入堂した記録があるそうで、初めは橋廊であった可能性があるとのこと。
いかにも平安期の貴族趣味で納得。

鳳凰堂に関しては、扉は朱漆だったとか、場所によって朱の色合いが様々になってくるので、もう少し文献に当たって全体像を定めてから取り掛かるつもりです。

しかし、近世においては権力を象徴する建物が城であり、古代においては寺であったということが面白いですね。

日本史で古代といえば大和朝廷の時代から平安時代まで。一つの文化の到達点として平安京がありますが、例えば白河の六勝寺なんかは国王の氏寺が五つも集まり、塔が林立する壮観です。
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北山大塔も義満の力の誇示であり、巨大な寺を建てることへの執着は中世においても受け継がれていたようですね。

六勝寺はじめ、平安京の大寺院、遡って奈良の大寺院など色々書きたいこともありますがおいおい少しずつ。