昨日の朝に一次流し込み、夜に2回目、今朝3回目です。色を変えながら三層にしています。
そしてネットから飛雲閣周りの滄浪池の水を抜いた写真を見つけました。今更…浅いのは分かっていましたが、模型の方が深いようです(笑)
少し時間があったので、長洲港からフェリーで有明海を渡って、島原経由で長崎に向かっています。島原城に立ち寄りました。
島原は水の豊かな地です。
天守は明治8年に取り壊されるまで存在していたそうですが、資料が限られた絵図しかなく、この天守は復元ではなく「復興」という扱いです。
今は一層目のみ海鼠壁ですが、絵図によると全ての壁が海鼠壁か下見板張りだったようです。最上階は熊本城や小倉城、柳川城のように雨覆いが取り囲んでいたらしく、唐造りのように見えたといいます。
三層櫓も三基あり、四万石には過ぎた城で、領民には年貢が重くのしかかり、島原の乱の原因の1つとも言われます。