俳句エッセイ はたた神と稲の妻 | 俳句のとりな

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・沸き立てるケトルの音や稲の妻

 

めっきりと秋らしくなり、雷が鳴らなくなる(雷乃収声 らいすなわ

ちこえおさむ)時季とか。

 

昔から、「地震 雷 火事 親父」と言われてきましたが、近時、

父親の権威も地に落ち、「地震 雷 火事 女房」と言う人も。

 

しかしながら、温暖化などの影響で、人の力ではどうしようもない

天災の被害が増加し、さしずめ「地震 台風 雷 火事」の時代に。

 

「雷」は、初雷、春雷、寒雷と四季を通じてある現象ですが、俳諧

の世界では夏の季語となり、「鳴神」「いかづち」「はたた神」とも。

 

「いかづち」の語源は、「厳(いか)つ霊(ち)」と言われ、いかめしく

恐ろしい神の意。


俵屋宗達の「風神雷神図」や東京・浅草寺の風雷神門で、お馴染

みです。

 

また「はたた」とは、擬音で激しい雷鳴のこととか。

古くから詠われ、かの柿本人麻呂は、次のように。

 

雷神(なるかみ)の少(しま)し響(とよ)みてさし曇る雨も降らぬか

君を留めむ

 

短歌と俳句の表現様式の違いがよくわかる作例とされるのが、

次のようなもの。

 

相触れて帰りきたりし日のまひる天の怒りの春雷ふるふ 川田順

 

いなびかりひとと逢ひきし四肢てらす 桂信子

 

一方、「稲妻」は秋の季語となり、「稲光」「稲の妻」「稲の夫」とも。

 

言葉としての出現は「稲光」のほうが早く、『日本書紀』(奈良時代

 720年)に見られますが、「稲妻」の初見は『古今集』(905-914年)

とのこと。

 

「雷」は音が主体ですが、「稲妻」は光。


昔の農民は、この稲光が稲の出来に深い関わりがあり、電光に

よって、稲が霊的なものと結びついて実ると考えていたと言われ

ています。

 

そのため、伴侶の意味から転じて「稲の妻」「稲の夫」に。


電光の意のほかに、「疾風迅雷」という言葉があるように、すばや

い動作のたとえにも使われています。

 

稲妻のしばしも止めぬ光りにも草葉の露の数は見えけり 藤原為秀


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・稲妻や読み残しおく罪と罰

 

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