俳句エッセイ 秋の旅吟-ロシア(下) | 俳句のとりな

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6年ほど前の秋に旅したロシアでの2日目。
夕食は、シベリア鉄道ウラジオストク駅近くのレストラン。

 

人参とキャベツの千切りをあえたサラダ、マッシュルームのスープ、

メインはピーフストロガノフで、デザートは甘さ控えめのシュークリ

ームと紅茶。

 

宿泊したホテルでの朝食といい、ヨーロッパの街並みを想わせる一角

にあるレストランでの昼食といい、食事にはロシアの家庭料理らしさが

随所に見られ、充分満足のいくものでした。

 

食事を終え、シベリア鉄道ウラジオストク駅へ。
ウラジオストク駅は、モスクワまでのシベリア鉄道(9,288km)の始発駅。

 

構内には日本の飲料水の自動販売機が。改札とホームが見当たらず、

直接乗車車両へ向かいます。


21時25分発の寝台列車ですが、時差の関係で、まだ周辺は昼間の感じ。

 

・赤蜻蛉改札のなきホーム行き

 

2等車の乗車口で女性車掌に切符を見せ、コンパートメントに。

 

すでに上段に寝具などがセッティングされておりましたが、その位置が高

いうえに梯子が急なため、上りきれずに、断念。寝具を下段へ下ろして、

横に。

 

旅の疲れから、いつのまにか眠り込みましたが、列車は何度か止まったり、

動きだしたりをくり返して、次の日、8時30分にハバロフスク駅に到着しました。

 

ハバロフスクはウラジオストクにつぐ、極東部第二の都市(人口約58万人)。

待っていたバスに乗車。

 

アムール川に面した 「栄光広場」、 「第二次世界大戦犠牲者記念碑」、

「スパソ・プレオブランジェインキー教会」、「日本人墓地」と、駆け足で

見て回りした。

 

栄光広場の近くでは、多くの親子連れが円形に集まっていました。

 

・花束を抱へ児に父入学す

 

ロシアでは、7歳~13歳までが同じ建物で教育を受けるとかで、この日は

入学式のようでした。

 

ウラジオストクは日本人と関わりの深い街で、明治の時代には在住者が

みられ、第二次世界大戦後には、日本人捕虜収容所が造られて、現存

する建物は日本人抑留者によって建設されたものとのこと。

 

時を経て、なぜか信号機の見当たらない街中には、やたらと日本製の車

が目に付きます。

ガイド氏によると、自分も乗っているが、90%が日本製の中古車とか。

 

その後、ハバロフスク空港、13時10分発の飛行機で帰途に。

不便さを承知の旅行でしたので、いっこうに苛立たない3日間でした。

 

機中において、極東連邦大学で日本語を教えるという日本人女性に

出会いましたが、ロシア人は、初めは無表情でとっつきにくいが、打ち

解けると良い人ばかりだと。

 

ロシア人も日本人に対して、同じように思っているのかもしれません。

 

6年たった今、国際会議を開催するまでに大きく発展した街を、再度訪れ

てみたいような気がします。


[今日の一句]

 

 ・朝霧や龍のごとくに河を這ひ

 

シベリア鉄道寝台列車からの景。  

ツアーなどの観光では、次々と訪れ先が変わるため、なかなか即吟とまで

はいきません。

 

東京出身の演芸評論家で、エッセイスト、俳人の江国滋は、著書『旅券は

俳句』の中で、次のように述べています。

 

「海外に出掛けるときの、私の必需品は三つ。旅行メモ、スケッチブック、

季寄せ」。


旅行中に浮かびかかった五・七・五の断片は、忘れずに書き付けておいて、

あとで一句に仕立てるとのこと。


 [関連ブログ]

 

  NHK全国俳句大会の選に入るには(1) 日本人墓地

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