実家じまいをしていて。
まず到着して、最初に目に留まるのが駐車場の奥。
何せ憂鬱、思考が止まる。
一台しか入らない狭い駐車場の奥には、物が薄く?積み上がってて。
ドアがなく風にさらされてもいいような物ばかりが押し込まれている。
ペール缶というのだろうか、謎の何が入ってるのか絶対わからない、塗料なのか何なのか、が複数。
そして、昔使ったであろう汚く錆びた家庭用焼却炉。
後その他諸々がある。
最初から憂鬱だと思いつつ、ここで確認作業に入ったら士気が下がると避けている。
焼却炉は車にはスペース的には入りそう、けど錆…いやだ…
ましてや謎の薬品…これはそもそも捨てられるのか…
絶望していたら、教科書にさせていただいてる方からアドバイスをもらえ、想像もしてなかった回答に!!てなり、感謝しかない。
何度もコメントをいれるのは申し訳ないので、見てもらえることは不明だけど、こっそり感謝を伝えたいですm(_ _)m
少し前に指定袋に可燃ごみをいれる作業は終わったと思っていたのに、台所に立て掛けてある炬燵(なんでそこ?)を撤去したら、窓の外には小さいバルコニーがあるのが見えた…そうだった…あった…
ふんわりむきだしで置かれたガラス食器や段ボールに入り広告でくるまれたガラス食器、巨大土鍋…生ごみ処理機…そんなもので溢れていた。大きな物置(手付かず)に持っていくのが面倒だったのか…。
どおりで、関係性が円満だった当時にはそこに灯油の入れ物置き場だったのに、それらが玄関だったのか。
次に思考が止まるのがマットレスだ。
まだ袋詰作業の日々なので、券を購入して粗大ごみに、というのを一切していない。
マットレスは、ギリギリあと数センチというとこで、どうあっても車には乗らない…うぅ…。
家の真ん中に位置するベッドのマットレス…このままではいけない…のだけど…。
こうして振り返ってみると、ごみ屋敷誕生の、劇的なギリギリのタイミングだったかなと感じた。
二階に上がるための階段には物がびっしり積まれ、ふたの外れた裁縫箱には針山がこっちを睨んでいたし、となると二階には絶対あがれないわけで。てか足の踏み場なかったし。
一階で生活していたわけだけど。
そんなわけで二階に三部屋あるが、そこには絶対あがれず。
そんなわけで二階にあったはずの衣類も全部和室に…もちろん多少の衣類は二階放置で、と。
二階は実質封鎖。
物置はいくの面倒だから実質封鎖。
台所のダイニングエリアというのか、そこも机のしたには案外気の遠くなる荷物ぎゅーぎゅー。棚まで置いてあった。ガスコンロの上にはお盆で封鎖していて、使わなくなったガス炊飯器が載せてあり。
そんなわけで、
とはいえ冷蔵庫やレンジ、食器(人を集めて宴会していた)があるので、ここは半分封鎖。埋もれはじめていたもん。
二間ある和室の床の間にはびっしり服、服、服。なので床の間自体にはやはり昔のもの、押し入れも同じ。ここは使っていたが埋もれはじめていた。
廊下の奥には、あたかも少しだけ何かあるように見えたのだけど、大きな間違いで、椅子を置いてそこに、大きなマットを立て掛けてその奥には段ボールたち。
昔の家には収納スペースはそもそも少ないかと思うが。
すごいごみ屋敷になるスタートっていう感じだ。
最初のころの写真はないが(残念)、途中から思い立って写真を撮った。
そうじゃないと片付いていく実感がないから。
一見片付いている部屋の荷物を掻き出す作業は、逆にごみ屋敷感で脳が混乱した。
そうじゃない、減ってるからね!と自分に言い聞かせるつもりで写真をとり、何年も整理を諦めている我が家の写真未整理問題を放置させ、ノハナのアプリで小さいアルバムにし、途中経過だけどbefore afterとして収めた。
きっと誰も見てくれない(ゴミだからね)だろうけど、数日かけ渾身の出来映え?になり。
表紙にはグリーンセンター、裏表紙には買取業者の青空と凄まじいごみの山が映えるかな、と配置した。
いつか終わったら、本当にbeforeafterが撮れるはずだ。
針山階段を撮らなかったのが痛恨の極み。