人は自分より強い者に巨大過ぎる怒りを感じた時、その怒りを咄嗟に飲み込んで、あたかもそれが無かったかのように振る舞う事で自分を守ろうとする。


怒りは、肩や首や喉の筋肉の緊張として存在し続け、節目節目で自分の人生を破壊し、自分が決して幸せにならないようにして呪いをかけ続けている、うつの形で、家庭不和の形で、病気の形で。


もはや誰のための何の呪いか分からなくなってもあなたは絶望しながら身体の奥で呪文を唱え続ける。


ジュリア・ロバーツ主演の映画「ベン・イズ・バック」を見ました。


ポパイはほうれん草に「強さ」を投影して飲み込んだ。

あなたは酒やドラッグに何を投影して飲み込んでいるのだろう?

強さや解放感だろうか?

自分の中に発見しなければ、飲んでも飲んでも強さや解放感はすぐに消えてしまう。


人生とは日々のコミュニケーションの積み重ねです。
コミュニケーションとは水や食糧と同じくあなたを保護する大切な環境です。
自分の事を大切にしてくれて、しっかりと見てくれて、聴いてくれて、心からのアドバイスをしてくれる人が1人いればあなたの人生は大丈夫です。
いいセラピストを選ぶとはそういう事です。

DSMを読むと分かりますが、誰にでも病名を付けることができます😄

私は小学校2年の時、闇夜のネズミを描こうとして真っ黒な絵を描いてしまい、心理に欠陥があると教師から疑われました。

当時はDSMのようなものは無かったので助かりましたが、今なら必ず病名が付いたと思います。

精神科医はまず自分に病名を付け、それを告白する所から診察を始めてみては如何でしょうか。

よくゲシュタルトセラピーのワークで、参加者が怒りを座布団を叩いて発散したりするワークがあるが、怒りは防衛のために使われているので慢性的な怒りの層を素早く通過してしまえば

何かを叩いたり、過去に酷いことをされた人に見立てた人とつかみ合いをする必要は無い。

要はそのプロセスをちゃんと終わらせて次に進めることが出来ればいいのである。


欧米で現在行われているゲシュタルトセラピーのワークでは叩いたりつかみ合いをすることはまず無い。参加者がケガをすれば訴えられてしまう。


いきなり空の椅子を持ち出してエンプティ・チェアテクニックを始めるのは、50年前のゲシュタルトセラピーから一歩も進まない、信頼できないセラピストである。