意識の流れによるゲシュタルトセラピー自己分析。
ガラス注意のステッカーに意識が向いた。 
ガラス注意のステッカーになって感じてみる。
ステッカー「そこの間抜け、よく見ろ、ガラス注意だよ、何度も言わせんな」
バイト先に必ずいたパワハラ系の人の言い方だ。
しかも言ってみると何だかスキッとして気持ちがいい。
意地悪で頭の悪いパワハラ系のやつが自分の中にも1人居ると思うと吐き気がする。
その代わりにパワハラを受けたトラウマ記憶の印象は劇的に薄らいでいく。

意識の流れによるゲシュタルトセラピー自己分析。

目をパチパチする目のチックが今日は強めに出ている。

目のチックになってみる。

目のチック「はっきりと世界の風景を切り取りたい」

特に何も感じない。

目になってみる。

目「私は不必要にパチパチして目立ちたくないし、妙な動きは迷惑だ」

「目立ちたくない」という言葉に目が反応して目の周りが緩む感じがする。

私は世界から自分を切り離したいのだろうか?

私は消えてしまいたいのだろうか?

「私は消えてしまいたい」と自分に言ってみる。目から喉まで痺れるような感じがする。

逆説的だが「世界から消えてしまいたい」と言うことで世界とのつながりが強くなる感じがする。

チックの衝動が弱まり首と肩がリラックスしている。

Self-analysis using Gestalt therapy through the stream of consciousness.My eye tic is stronger today.I try to become the eye tic.Eye tic: "I want to clearly capture the landscape of the world."I don't feel anything in particular.I try to become the eye.Eye: "I don't want to stand out by blinking unnecessarily, and strange movements are annoying."My eye reacts to the words "I don't want to stand out," and I feel a relaxation around my eye.Do I want to cut myself off from the world?Do I want to disappear?I try saying to myself, "I want to disappear." I feel a tingling sensation from my eyes to my throat.Paradoxically, by saying "I want to disappear from the world," I feel a stronger connection to the world.The urge for the tic weakens, and my neck and shoulders relax.


日本庭園と茶室が付いたマンションの部屋を借りた夢を見た。

4.5階のマンションの屋上階の部屋を借りたら玄関前に日本庭園があり、中には茶室と大広間がある豪華な部屋だった。

マンションの中には茶室を借りに来た人がいて「あなたが住んじゃったら私達茶室を借りられなくなるかしら」と心配するので「大丈夫ですよお貸ししますよ」と答えた。

マンションの部屋になってみると「豪華なものは豪華なものとして貸し出したり、撮影に使いたい人が必ずいるからお金は入ってきますよ」と言う。

マンションの建物になると「周りはこれから再開発で高層マンションが建つけどこのマンションは家賃が低くてお得だと思います」と言う。
茶室になってみると「私は茶室のために作られてるから、他の用途には使わないで欲しい」と言う感じ。
実際に住むのではなく貸しスタジオのように使うのが良いようだ。

「私は自分の豪華さを美と創造のために使って生きていく」
夢分析をしなければこんな言葉は自分の中から出てきませんね。
まさしく豪華な体験です。
ゲシュタルトセラピー自己分析ボディーワーク。
こめかみから眉毛の上の圧迫感と緊張。
眉毛の上の緊張になってみる。
眉毛の上の緊張「見るなよ、絶対見るなよ」
目の前が明るくなって額が緩んだ。
「見るなよ」という言葉と自分を責める動きは一体だった。自分が悪いと思う時、私たちは相手を見ない。
自分の何が悪かったのかとっくに忘れても悪いと言う動き、自分を責める動きだけは残っている。
意図的に額と眉毛を緊張させてから緩める事で、「悪いと思ってるフリ、反省しているフリ」から自分を解放してあげよう。
物事を正しくやらなくては、と自分に言い聞かせる時に身体の何処にどのように力を入れるか感じてみる。
常に正しくやろうとして生きていると楽しめないし、リラックスも出来ない。即興的に何かを表現する事は何より怖い事になる。
常に正しく生きようと考えていることは正しい生き方ではない。