朗らかなクリスマス。
ブログの調子が悪くて(ネットの調子かな)、あと、日本とSkypeをしていたこともあって更新が遅れて日付をまたいでしまいました。
今日は昨日の夜、クリスマスの礼拝が行われた教会で一緒に過ごしたクリスチャンの友人の家にお邪魔し、豚肉の料理をごちそうになりました。
昨日の夜の礼拝は、とてもセネガルらしいものだと感じました。
というのは、礼拝のときに聖歌が歌われるのは珍しいことではないと思いますが、聖歌隊にこちらのアフリカの太鼓が入っていて、友人はそれを演奏していて、それが何ともセネガルらしいなと感じたのでした。太鼓が入ると聖歌もひと味違った雰囲気で、とても明るい調子でした。トータルの時間でみても、お祈りより歌のほうが長かったかなと感じるくらい、歌が盛り沢山で、朗らかな雰囲気の礼拝でした。歌の歌詞はフランス語とウォロフ語が両方ありました。セネガルの聖歌隊の人たちの中にひとりいる変な外国人の女に(笑)、やさしく歌詞の紙を見せてくれるセネガルの人。じーん、温かい・・・。
そして今現在夜中の12時をまわった所なのですが、外から太鼓の激しい音がガンガン聞こえており、やはりセネガルの人たちの太鼓と踊り好きが証明されております。笑。
今日友人の家でもずっと音楽を流して後半はビールを飲みながら家族たちはずっと踊っておりました。何とも楽しげな様子でした。
セネガルは雨季の頃より涼しくなったものの、今も半袖でいるくらいなので、やはり日本などのようなクリスマス感、年末感はないのですが、
それでも素敵なクリスマスを過ごさせてもらったように思い、感謝です。
私の町の真ん中にある教会の中に初めて入って、聖歌隊の中に混じらせてもらってその時間を共有させてもらえたこと、良い経験になりました。
クリスマスが、世界中の人にとって心穏やかな日であったことを祈ります。
クリスマス・イヴの今日。
さて、クリスマスですね!セネガルはまだ、クリスマスイヴです。
今さっき、同期隊員の家の警備員(クリスチャンの人)から連絡があり、夜に教会に行くとのことなので、一緒に行かせてもらうことにしました。今、連絡待ちです。
セネガルのクリスチャンの人たちのクリスマスは、どんな感じなのでしょう。
クリスマスと言えば、ミッション系の大学に通っていた私、学生のときに「キリスト教概論」という必修の授業がありました。その授業では分厚い聖書をテキストとして使用します。それで、クリスマス、をテーマにした講義があったのですが、クリスマスそれ自体も祝福というより困難の始まりの物語だった、という風に記憶しています。勿論私も全く詳しいわけではないですし、授業の内容も忘れてしまっているのですが、その後クリスチャンとして有名な遠藤周作の書いたイエスについての話を読んでみて、言わば、「カリスマ性」のある人物であったイエス・キリストはそれ故に人びとから支持されもし、しかしまたそれ故に困難を背負うことになってしまったのではないか、と私は思いました。
と、ここで警備員の彼から電話があったので、
教会に行って参ります。
どの人にとっても、クリスマスが心あたたまるものでありますように。
脱ネガティブ誓う、クリスマスイヴ・イヴ。
私は、自分のことをネガティブ女王だと思っている。笑。
「もう生きてる意味ない・・・」とか「あー死んじゃおうかな」と思うことが多々、ある。(危なっかしい。笑。)自分に自信が無いのに、自分の中にある基準やこだわりに自分を到達させようとする所があるから、それに満たないと即刻、そういう思考に行き着きそうになるのだ。とても、弱い人間だと思う。しかも、フランツ・カフカと同じ誕生日だし。(関係あるのか!?)
しかし、そうやってネガティブに留まっていること、もう辞めようと思った。
ネガティブでいることは、ある意味心地良いことでもあると思う。
私は少なくとも、日陰っぽい、暗くて、赤よりも青っぽい所のほうが落ち着く。
ネガティブにはなりそうになるけれど、ポジティブに生きるほうを、意識的に選び取って生きていこう、そう、思う。
人の性格ってなかなか変わるものじゃないかもしれない。
でも、何時でも何歳からでも、人は変わることが出来るし、学ぶことが出来ると、信じる。
明日はクリスマス・イヴ。
今日学校菜園をしている学校の校長先生と話していて、セネガルはムスリムの人が多いけれど、クリスマスをするの?ということを聞いたら、クリスマスを祝うのはクリスチャンの人たちだけれど、お肉を食べたり、お祭りの料理を作ったりするのは、他の人もするよ、と言っていた。日本と同じような感じなんだなあ、と思った。去年は隣町の隊員の家にお邪魔して、一緒にクリスマスパーティーをしたんだった。
子どものためにクリスマスプレゼントのちょっとしたおもちゃを買っている人もたまに見る。
今年は、同期隊員の家の警備員が、こちらではあまり多くないクリスチャンなので、彼にお願いして教会にちょっと一緒に行かせてもらいたい、と思っている。どうなるかは未知ですが。
ネガティブを脱することは長年の課題でもあるけれど、
引っ込み思案を克服して、ポジティブを選択して生きて行くぞ。
砂の風吹き荒れる12月のセネガル北部の地方都市から、
Joyeux Noël!