Un poisson rouge -22ページ目

タフになりなさい。

書きたい。とても書きたい。

 

ときどき、私は世の中の人がとても明るく朗らかで、悩みなさそうに見える。否、きっと人はそれぞれに、色々なものを抱えて生きているに違いないのだけれど。

 

問題は、どこに集中していくか、ということだと、分かっている。

 

自分が本当にワクワクして、生きている気がする、やりたいことをやれる人生の時間というのは、限られているのだと、大人になって知る。

 

だからそのことにいつも立ち返って、照準を合わせて、生きて行くべきだと私は思う。

それにもっと早く気づいて、そして何より踏み出せていたら、と、思うところもあるけれど、そんな風に悩んだり後悔している時間こそ勿体ないのだと思う。

 

考えたら、行動すること。

 

それに尽きる。

 

タフになれー!

 

Be tough!

 

Sois dure!

 

 

楽しむことと集中が紡いでくれるもの。

カタルシスというのは、深い集中の世界に到達したときに得られるものだと思う。

 

体が完治しないので、家の中で出来る作業をしたり、Kindleで本を物色したりしていた。

 

私は日本にいたとき、暇があれば本屋に寄っては世の中に今どんな本があるのかを眺めたりぱらぱらとのぞいてみたり、買ってみたり読んだりするのが趣味のようなところがあったので、そういったことが自分の中で深く習慣化している節があるかもしれない。

 

本はワンダーランドだと思う。タイトルを見ているだけで好奇心をそそられる、こんな魅惑的な魔物はときに危険ですらあるかもしれない。

世界はなんて広大なのだろう、と思うし、この世界の歴史にまで思いを馳せてしまうと、好奇心は止まらない。

 

この世界の秘密を知りたいと思うし、生きている意味を知りたいと思う。

まるで冒険物語の主人公の少年のようなことを言っているなと自分でも思うけれど(笑)、私はそういう意味でとてもピーターパンな人間だと思う。

 

そして自分の中の世界を知りたいという衝動に従ってみて、気づいたらアフリカに来ていた、そんな気がする。

 

何度も同じことを書いている気もするけれど、私は高校生のときに、将来漠然と国際協力に携わってみたい、と思って、そのときに思い描いたのは、中東あたりの厳しい自然環境の下に生きる女性たちとかかわるという図だった。

私は今アフリカにいて、沙漠の土地で、中東とは異なるけれど、女性たちとのかかわりもある。

 

そう、だからうまく言えないけれど、思い描いたことは、時間はかかったとしても限りなくそれに近い形で現実になる、ということだ。

 

話が逸れたかもしれないけれど・・・

しかしながら、最初に戻ると、集中している時間が長ければ長い程、思い描くことへ到達する時間も短くなるのではないかということ。

 

勿論、思い描くことが途中で変わる場合もあると思う。

私も回り回って色んな所を通って今ここにいる、と思う。

これからも色々なことに興味を持つだろうし、日々自分自身も変わっていくかもしれない。

 

そんな中でも日々の時間は刻々と過ぎて行くので、その一刻一刻を、自分の興味関心や好奇心に従って楽しんで、集中して、生きて行くのが大切ではないかと今思っている。

 

そうしているうちにやがて、自分の夢見ていたような世界が、自分のいる世界となって現れるかもしれない。

 

だから、人生を、楽しんでいきましょう。

体調の悪いときの雑念。

またも更新が滞ってしまった。

 

一昨日の夜、他の任地から隊員が来て、うちでご飯を作って食べ、昨日は朝早くから村に出掛けていた。帰ってきて夕方、体調が芳しくなくて、寝不足かな・・・(あと、お酒かな・・・)と思っていたら、体調は悪化していき、食欲もあまりなく体温を計ると微熱。その日の夜も別の隊員の家でご飯を食べる予定だったが、参加できず、眠っていた。そして腹痛に襲われ、今日は念のため家で休んでいたのだが、お腹の下しが治らず、トイレに行く頻度が明らかに普通ではない。恐らく何かに当たったか感染したか、ではないかと思われた。症状が変わる様子が見られないので、夕方になり、健康管理員という首都に常駐している看護士さんに電話して症状を説明し、金曜の午後だし、土日をはさんでしまうのが気にかかるようなら病院に行っても良いかも、と言われたこともあって、急遽任地の病院へ。何とか処方箋を出してもらい薬局で薬も買えた。しかしながら、体調が悪くてひたすら休んでいるしかないときに限って、頭には色々な想念が浮かんでくるものだと思う。

 

今、うちで同居している新隊員の子も心配してくれたが、私はひとりで残ったご飯をおかゆにして食べたが、彼女が自分用に作っていたスパゲティの香りが何とも美味しそうなのであった。私は最近、自分以外の人が作った料理は美味しそうに見える、という現象はあるのではないか、と思うのだ。隣の芝は青く見える、ではないけれど、もし自分が作ったらそれほど香り高く美味しそうに感じないものでも、他の人が作っているものや食べているものというのは、やたらと美味しそうに見えるのではないか、と。(そして、実際に美味しいのだと思いますが。)

だから、町で歩いていてレストランやラーメン屋さん、あるいは別の人の家からご飯のにおいなどしたときには、ものすごく食欲をそそられたりするのではないか。などなど・・・。

しかも、今自分がお腹が悪く、食べたり飲んだりするとお腹が痛くなってトイレに行きたくなるという状態なので、食欲が出始めている気がする今、余計に美味しそうに見えるのかもしれない。私の残念なこのお腹。。。

 

書きたいことは色々あるけれど、

まだお腹がぐるぐる言っているので、眠ろうと思います。

 

病院から帰るタクシーの運転手さんに、日本では何ていう名前なの?と聞かれたので、「Orie」と答えたら、その人は、フランスのコートジボワール出身のサッカー選手に「ジョルジュ・オリエ」という人がいるよ、と言っていたなあ。

 

段々暑さを増していくセネガルの時間も、残り少なくなって来ました。