Un poisson rouge -143ページ目

お金というもの

お金。

それが至上目的になると、お金って、すごく虚しいものだなって、最近思う。

それのためだけに、時間と労力をつぎ込んで、皆必死になって。


小さい頃、父親はよく家でいらいらしていた。

そんなに悪いことをやったり言ったりしたつもりもないのに、凄い剣幕で怒鳴られた。

仕事から帰ってくる父親は怖かった。

食卓で、わたしの態度が悪い、という理由でいきなり怒鳴られたりした。

今考えれば、意味不明だなあとわたしからは思うのですが(笑)

父親の機嫌を損ねないように、無意識的に、父の前で自分の意見はあまり言わないようにした。

意見すると怒られる、機嫌良くしていないと怒られる、という観念がいつしか芽生えた。

その年齢でできる限り、精一杯頑張って自分の意見、自分のことばを考えて言ってみても、聞き入れられず怒鳴られると、悲しくて泣いた。
いつもそんな風に闘っていた。

今思えば、そんな風に怒鳴る父は、仕事のストレスの影響がかなり大きかったのだろう。

そんなにストレスためて、仕事してお金を稼ぐなんて、大変だなあ。

父親も、組織や経済の仕組みの中で四苦八苦しながら、懸命に働いていたのだろう。

お疲れ様です。

でも、それは別として、子どもは怒鳴りつけるもんではないとわたしは思う。

子どもは大人の事情は知らない。金を稼ぐことのストレスなんてわからない。

お金のために、人間の心が疲弊するならば、こんなに虚しいことは無いなあ、と私は思う。

ある程度、は必要かもしれないけれど、ある程度、でいいじゃないか、と思う。

そういう経済が成り立つようになるといいね。

今、そういうことを考えている人は、たくさんいると思う。

わたしも考えていきたいと思う。

つらつらつらら。

傷ついたり、傷つけたりするのが怖くて、寂しい思いをさせたり、したりするのが怖くて、ときどき人とかかわりを持つのが嫌になる。

孤独の辛さの方が良いかも、って思ったりする。

どうせ寂しい思いをするなら、思い出なんて無い方がいいし、いらない、と思ったりしてしまう。

そんなときはとても苦しい。

人が好きだし愛おしいけれど、そうだからこそ、怖いんだ。


大切にしたいし、愛を伝えたいのだけれどね。


わたしは人の記憶に残らない方が、良いのかなあ、とか。

そんな風に思い始めると、消えてしまいたくなる。容易に笑。


大丈夫、って言いたいし、言ってあげられるようになりたいな。


人が自信を持って、生きてけるように。

学び、そして、つくれ。

自分の頭をフル回転させて考えれば、自分の力でできることはたぶん沢山ある。



できないことを考えるのではなく、どうやったらできるかを考えることが重要だと思う。



学びはそのためにあると思っている。



そして、学んだらつくりだせばいい。頭をフル回転させて、自分の手足を使って。


駄目だなんて色々試してやってみて失敗して、本当に駄目でどうしようもなくなってから言うもんだろう。


と、言い聞かせ、言い聞かせ。