Un poisson rouge -140ページ目

かかわる、ということ。

外部の人が何かを語ることは矛盾している。矛盾しているに違いない。

お前は何を知っていてそれを語るのだ?という疑問をぶつけられて当然だ。

外部者である責任。

それを考え出すともやがかかる。


当事者って、何だろう。

誰もが社会の当事者であることは、間違いない。

そう考えたら、当事者と、そうでない者の、境界はどこ・・・?


人は何かにかかわって生きる。
どこかで社会との接点を持って、社会と対峙して、社会に対する責任を持って生きなければならない。逆に言えば、そうすることで、生きている、生きていける、と言えると思う。

その社会が、どんなに小さな単位であっても。

家族も社会のひとつ。
自分も、社会のひとつ。

そういう風に考えられはしないだろうか。

さっぱりまとまらないけれど、「かかわって」生きるということについて、考える。

孤独でいることと、かかわって生きること。


傷つけ傷つくことは、どうしても避けられないかもしれないけれど、それでも。



それでも。

楽しむ、余裕。


精神的に疲弊してボロボロで、どうしようもなく辛くてしんどくて自分も世界も終わってしまえばいいのにfuckin crazy!(失礼。)と思うときも、

それすら楽しんでしまえばいいのだきっと。

余裕というものが、とても大事ですね♪

知っているよ

完璧じゃないのは、自分。

(本に、人は完璧ではないと書いてあった。当たり前だけれど。笑)

でも、変わることができるのも、自分だけ。

自分を変えることしかできないし、自分が、変わるしかないし、

自分は変えられる、と思えば、きっとそれは、希望。