生ききること。
実のおばが、亡くなった。
それなりに、急なことであった。
だからはじめに聞いたときは整理がつかなかったし、信じ難いことだった。
どこか曖昧で、不確かで、どんよりとした気持ちで、約一週間を過ごした。
今日、葬儀に参列し、やっと、飲み込んだように思う。
おばは、
祖父から、おじが継ぎ、今は従兄弟が継いでいる、魚河岸の乾物屋に嫁ぎ、影でお店を支えて来た。
いつも良くしてくれて、
本当にありがとうございました。
どうか、安らかに。
哀しみと寂しさと、おばが私たちに接してくれた思い出を感じながら、
余りにも久しぶりに会った親戚の子どもたちの成長に驚きながら、
自分の中の、止まってしまっていた時計の針をチューニングしていた。
人には、会えるときに会っておかなければならない。
一番強く思ったのは、そのことであった。
それと同時に、
参列者の多さに、魚河岸の人たちの、人のつながりの強さを感じた。
人とつながっている、ということは、
とても有り難いことなのだ。
特に、この、現代においては。
いち、現代ニッポンのワカモノとしての、私は、本当にそれを強く思う。
葬儀で久しぶりに親戚に会う、なんて、、、と思うところもあった。
おばちゃんに、もっと会っておけば良かった、と、正直、後悔もしている。
そんな思いを抱えながらも、
なんと言えばいいか、逆説的に、
葬儀自体はとても辛くて哀しいのに、人に会うことは、嬉しい…のであった。
親の兄弟間の様々な、抜き差しならない(のであろう、きっと…)事情で、
親類と疎遠になってしまう、ということは、哀しいことに、多分、そう珍しいことではない。
でも、私のコアな関心として、
人とのつながり、があって。
対立や、摩擦、うまくいかないこと、面倒なこと、、、
人と人との関係は、色々あって当然。
だけれど、それを度外視しても、確信的に、
人とのつながりは、大切にしなければならない、と思う。
独りでいることも、大切なのだけれど、
自分の殻にこもっていては、発想が凝り固まってしまうし、
沢山の人と会い、つながり、話を聞いたり、時間を共有することは、
豊かな自分を形づくることに、間違いない。
色々な人に会うことは、めちゃくちゃ大事だ。
出会いと別れはつきもので、
出会って過ごした時間は、濃密だけれど、
それ故に、胸が詰まるし、いちいち切ない。
まあ、それは、人間が背負った宿命みたいなものなのかもしれない、と
思うようにもなったけれど。
そして、やっぱり思うことは、
人生を、生ききらなければならない、ということ。
人は、本当に、いつ死んでしまうか、分からないのだ。
だから、いつも懸命に生きなければならない。
一生を大事に、生きなければならない。
本当に、強くそう思う。
それなりに、急なことであった。
だからはじめに聞いたときは整理がつかなかったし、信じ難いことだった。
どこか曖昧で、不確かで、どんよりとした気持ちで、約一週間を過ごした。
今日、葬儀に参列し、やっと、飲み込んだように思う。
おばは、
祖父から、おじが継ぎ、今は従兄弟が継いでいる、魚河岸の乾物屋に嫁ぎ、影でお店を支えて来た。
いつも良くしてくれて、
本当にありがとうございました。
どうか、安らかに。
哀しみと寂しさと、おばが私たちに接してくれた思い出を感じながら、
余りにも久しぶりに会った親戚の子どもたちの成長に驚きながら、
自分の中の、止まってしまっていた時計の針をチューニングしていた。
人には、会えるときに会っておかなければならない。
一番強く思ったのは、そのことであった。
それと同時に、
参列者の多さに、魚河岸の人たちの、人のつながりの強さを感じた。
人とつながっている、ということは、
とても有り難いことなのだ。
特に、この、現代においては。
いち、現代ニッポンのワカモノとしての、私は、本当にそれを強く思う。
葬儀で久しぶりに親戚に会う、なんて、、、と思うところもあった。
おばちゃんに、もっと会っておけば良かった、と、正直、後悔もしている。
そんな思いを抱えながらも、
なんと言えばいいか、逆説的に、
葬儀自体はとても辛くて哀しいのに、人に会うことは、嬉しい…のであった。
親の兄弟間の様々な、抜き差しならない(のであろう、きっと…)事情で、
親類と疎遠になってしまう、ということは、哀しいことに、多分、そう珍しいことではない。
でも、私のコアな関心として、
人とのつながり、があって。
対立や、摩擦、うまくいかないこと、面倒なこと、、、
人と人との関係は、色々あって当然。
だけれど、それを度外視しても、確信的に、
人とのつながりは、大切にしなければならない、と思う。
独りでいることも、大切なのだけれど、
自分の殻にこもっていては、発想が凝り固まってしまうし、
沢山の人と会い、つながり、話を聞いたり、時間を共有することは、
豊かな自分を形づくることに、間違いない。
色々な人に会うことは、めちゃくちゃ大事だ。
出会いと別れはつきもので、
出会って過ごした時間は、濃密だけれど、
それ故に、胸が詰まるし、いちいち切ない。
まあ、それは、人間が背負った宿命みたいなものなのかもしれない、と
思うようにもなったけれど。
そして、やっぱり思うことは、
人生を、生ききらなければならない、ということ。
人は、本当に、いつ死んでしまうか、分からないのだ。
だから、いつも懸命に生きなければならない。
一生を大事に、生きなければならない。
本当に、強くそう思う。
無題
自分で決めたことなのに辛いって、何なんだろう。
馬鹿なのかな。。。そりゃあ馬鹿だな。
うん、いや、何か、本当に、酷い、自分。
明日は、別の意味で、辛い。
大きなお別れを否応無しに感じなければならない。
人はいつか、向こう側に旅だってしまう。それは知っている。それは、この、世の中の、全ての人にとって、紛れも無い事実。
そして余りにも、突然に、その日は来るんだ。
貴方のしてくれたこと、笑顔、忘れません。
ありがとうございました。
明日は久しぶりの、そして最期の、対面なのですね。
まだ実感がありません。
今までありがとうございました。
R.I.P
馬鹿なのかな。。。そりゃあ馬鹿だな。
うん、いや、何か、本当に、酷い、自分。
明日は、別の意味で、辛い。
大きなお別れを否応無しに感じなければならない。
人はいつか、向こう側に旅だってしまう。それは知っている。それは、この、世の中の、全ての人にとって、紛れも無い事実。
そして余りにも、突然に、その日は来るんだ。
貴方のしてくれたこと、笑顔、忘れません。
ありがとうございました。
明日は久しぶりの、そして最期の、対面なのですね。
まだ実感がありません。
今までありがとうございました。
R.I.P
夏目漱石『夢十夜』
私は湯船につかりながら本を読むのが好きで、
昨日は雪であったし、足は相当濡れたし、何となく、例のごとくお風呂で本を読もうと考えた。
選んだ作品は、夏目漱石『夢十夜』(岩波文庫、2012)
筆者が見た夢を語る形式で書かれた、十編の短編小説。(その他に二編別の作品が収められている。)
自分の率直な感想を述べると、
緻密で繊細な、和製ホラー。
昨晩のような雪の静かな夜には、ある意味でぴたりと合っているかもしれない。
一文一文をしっかり読めば読む程、ありありと情景を思い描ける。
そこから感じられる想像力の強さとリアリティから、漱石という人の哀しみの深さが伝わってくるような気がする。。
文章なのに、映画を観ているよう。
「夢」つながりから、黒澤明監督の『夢』が、半ば自動的に想起された。
不可思議さと不気味さが漂いつつも、
そこで表現されている世界に、日本的な美を感じる。
この小説を読んで寝たからか、今朝はレベルの高い悪夢を見て目覚めました。笑
バレンタインの翌日ということもあって、
何となくこの本に合わせてみたら面白いと思い、My Bloody Valentineをはりつけます。笑
昨日は雪であったし、足は相当濡れたし、何となく、例のごとくお風呂で本を読もうと考えた。
選んだ作品は、夏目漱石『夢十夜』(岩波文庫、2012)
筆者が見た夢を語る形式で書かれた、十編の短編小説。(その他に二編別の作品が収められている。)
自分の率直な感想を述べると、
緻密で繊細な、和製ホラー。
昨晩のような雪の静かな夜には、ある意味でぴたりと合っているかもしれない。
一文一文をしっかり読めば読む程、ありありと情景を思い描ける。
そこから感じられる想像力の強さとリアリティから、漱石という人の哀しみの深さが伝わってくるような気がする。。
文章なのに、映画を観ているよう。
「夢」つながりから、黒澤明監督の『夢』が、半ば自動的に想起された。
不可思議さと不気味さが漂いつつも、
そこで表現されている世界に、日本的な美を感じる。
この小説を読んで寝たからか、今朝はレベルの高い悪夢を見て目覚めました。笑
バレンタインの翌日ということもあって、
何となくこの本に合わせてみたら面白いと思い、My Bloody Valentineをはりつけます。笑