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専従日誌

徳島県農協労連専従のブログ 農業再建、農協革新の取り組みや活動紹介など


JAL闘争を支援する徳島の会第5回総会が8月30日、徳島市内で開催された。開会あいさつで河村洋二幹事は、「JAL闘争は2010年の大晦日に165名の方々が解雇されて以降たたかい続けてきた。当初考えられていたのは整理解雇四要件が適用されて案外早く解決するのではないかと思われていた。しかし、残念ながら想定外で8年目を迎えることとなった。整理解雇四要件と言うのは、当時の管財人がその整理解雇四要件を適用しますという話があって、解雇の必要性、妥当性、解雇回避努力、労働組合に対する説明責任、こういったものが簡単にクリアできるのではないか、なぜなら希望退職は満たしているし、職員は足りないと言うし、経営も上昇傾向にあるということであるから、簡単に解決するのではいかと思われていたが全く前進をしない。裁判の結果は寧ろ国鉄闘争と同じで、初めに解雇ありきだった。裁判が進んでいけば兎に角労働組合を辞めさせるという一語に尽きる結果だった。最高裁まで行ったが全部負けた。これは一体どうなっているんだということで、私たちも解雇が自由に行える、こういう社会になってしまうのではないかと心配していたが、若干局面が変わってきたのは去年の9月以降だ。解雇の過程でJALが不当労働行為を行った。つまり、労働組合にやってはいけないことをやったということが確定した。団体交渉も拒否されていたが、特別協議ということで始まった。三回やったが、実際にはなかなか進まない。そういう状況にある。今日の資料の支える会のニュースの7月号に後ほどお話になる山口団長が株主総会で質問をしたことが載っている。山口団長の不当解雇を早期に解決せよという質問に対して、JALの植木会長はこういう答弁をしている。『組合からも要求は頂いているのでここで特化した協議の場を設けるということを会社として約束をしました。すでに話し合いは行っている。どういった決着になるか分からないが、先ほどの株主様(山口団長)のご意見を尊重して誠心誠意組合とも話し合っていきたいと思います』という回答が出るようになった。しかし、これは口先だけのことかも分からない。実質的に実現するためにはやはり我々のたたかいが重要ではないか。そういった意味で去年の総会よりは少し明るい展望も感じられるが、内容はこれからかも分からないということで是非この総会を前向きに成功させていただいて、JALの解雇撤回が実現できるようにお互いに頑張っていきたいものだと思っている」と述べた。

議長には自治労徳島県本部の北浦さんが選出され進行を務めた。代表委員あいさつでは、岩生代表委員が「昨年の5月27日に開催した第4回総会においてJAL不当解雇撤回争議団の鈴木さん、大池さん、林さんからそれぞれの思いも込めJAL闘争の経過と今後の取り組みについて報告、提起を受けた。この間、安全安心の日本航空を築くために合同団交を直ちに開催し、統一要求に基づく整理解雇の解決を求める団体署名行動、また街頭での訴えや徳島空港要請行動、当時の植木社長あて要請はがき行動、様々な取り組みを行ってきたところだ。6月15日の株主総会では植木会長が山口団長の訴えに対して前向きな答弁を行った。交渉を拒否し続けてきたJALが一歩踏み出したということは、大きく評価できると思うが、まだまだたたかいは終わっていない。最後の一人まで不当解雇が撤回されてこそたたかいは終わると思っている。昨年、春田代表委員のあいさつの中で、1985年を繰り返してはならないという発言があった。昨今技術の継承ということが良く言われているが、ベテランがいてこそ技術の継承がなされる。継承されるからこそ安心安全が確保されることは言うまでもない。今後もあらゆる行動を展開しながら、安心と安全を確保するべく全員の職場復帰を勝ち取るため、第5回総会があらためて意思統一を図る場となることをお願いしたい」と述べた。

来賓あいさつでは、徳島県労連の森口事務局長より「5月の行動の時に一報が入って交渉が進むようになったということだが、これまでのたたかいは非常に厳しいものだったと思うし、すでに足かけ8年になっているということで争議団の方や、それを支える家族の方の苦労が、私も解雇闘争を二回ほどやってきたので非常によく分かる。裁判等でもやはり安倍政権の下で一つは、戦争する国づくりと、もう一つは企業が世界で一番活躍しやすい国づくりということで、働き方改革も含めて所謂大企業やお友達優遇の政治を進めて来ている中で、長期政権になってそれを忖度するためにあらゆる教育の面でも経済の面でも司法の面でも安倍首相に対する忖度が働いていると言わざるを得ないと思っている。それを打ち破るのは私たちの運動だろうと思うし、その中でも例え倒産しようとしても不当労働行為は不当労働行為だという判決を勝ち取ったということは私たちのたたかいの上でも非常に重要な意義があると思っている。そういう点でもこのたたかいを勝利させていくことは私たちの権利や暮らしを守る上でも非常に重要だと、自らのたたかいとして位置付けて頑張っていきたいと思っている」と連帯と激励の言葉が贈られた。

続いて、執行部より2017年度経過報告および会計決算報告、会計監査報告が行われた。議事では2018年度活動方針、予算案、役員体制に関する提案が行われ、引き続き支援を訴えるオルグ活動や報告集会、学習会、街頭宣伝、会員拡大に向けた取り組みを積極的に行う旨の方針が示された。議事は拍手多数により全て承認された。

次に、JAL不当解雇撤回争議団パイロット原告団長の山口宏弥さんより「JAL不当解雇の狙いと闘いの状況」について報告が行われた。
山口団長は「全国の方々に支援していただいて、物心両面の支援がなければ8年もたたかうことが出来ないということを最近つくづく感じている」と感謝の念を表したうえで以下のように述べた。

8年間のたたかいの中で4つのことを感じた。
①国、裁判所、企業、会社というのはいい加減でズルいなと感じた。
②弁護士も色々。正直だと思っていたが悪徳弁護士が相当いる。
③全国どこに行ってもこんなに親切に応援してくれるのだろうという人が多い。
④男性と言うのは強い人と弱い人がいるが、女性は強い人ととても強い人しかいない。

6月19日に株主総会があった。私は昔から労働組合の役員等を長くやっているのでマークされている。分からないように変装していても、日本航空の副部長と言うのは警察上がりで見つけるのが早い。今年は首を切られて8年目なので人事も変わっていると思うが、私が座ると横に座ってきて無線で居場所を連絡している。植木社長は私の後輩だが、京都出身で役者の片岡千恵蔵の息子だ。稲盛会長も京都で、その時の国交大臣は前原さんということで京都コンビで進めてきた。そんなわけで植木社長は私のことを知っていて、今年は品川のホテルで今までよりも多少薄暗かったので私の監視に初めて来なかった。どうせ当てられないと思って手を挙げたが最後に指名された。会場を出る時に副部長が「山口さん良かったですね」と言った。全体の流れで言うと、ここでなんとか自分の代で解決したいという発言があったが、そのあと、特別協議というのがあって22日までに4回やった。それまで団交はあったが中身には入ってこないで、具体的な話ということで解決するための協議だと言ったものだから、一部の人はもう勝ったと思って喜んでいた。若い乗員なんかも「これで解決するから運動しなくてもいい」みたいなことを言って支援共闘の幹事会でもニコニコしていた。終わって私が「甘いんだよ。日本航空そんな甘くないよ」と言ったら、その時はムッとしていたけど、最近は「山口さんの言うとおりみたいです」みたいな感じになった。会社が方針の何を変えたかというと、それまでは希望退職したり自主退職したり、いろいろな形で退職した人、それから解雇は最近ないが、そういう人は募集の対象ではなかった。ところが、今回は希望退職で辞めた人も、会社から首切られた人も、応募して良いですよというところだ。戻すというのではない。よくよく見ると、実は2020年に東京オリンピックに向けて、LCCを始めるのでパイロット不足がすごい。大変不足している。猫の手も借りたい状況で乗務時間制限を取っ払ったりしている。会社はこれまで我々の首を切った時に、希望退職とか特別希望退職とかやって、2010年9月27日に機長を130名、副操縦士240名をこれから削減するんだということで希望退職を募集した。機長は最終的に150人退職、副操縦士も百何十人出ていった。当時は機長組合の役員をやっていたが機長だけ戻せと言うことは一切言わずにいた。そういう中で人を減らしたあと、日本航空の本体から200人くらいが自主的に辞めた。理由はいろいろあるが、賃金が4割近く下がったことや様々な条件が下がったこと、破綻した会社は職場が暗いことなどだ。会社はパイロットが不足しているのに不足しているとは言わなかった。国土交通省に行って要求した時にも、不足しているとは言わず通常の状況ですと言っていた。ところが、機材も増えて来ているし、路線も拡張したいと、でもパイロットは足りないと、そこで考えたのがそれを誤魔化す意味で飛行機2機をLCCに持っていくと、事業計画の失敗をこのLCCで誤魔化す。一番古い飛行機を2機持っていくと経営上も決算上も人員計画上も事業計画の失敗と言うか誤魔化しが見えなくなると、いう構図だと我々は見ている。元々、現職復帰と言うのはJALに戻せと、最後まで日本航空は今何人いるということは発表しなかった。裁判でも。そういう首切りだった。この前あらためて弁護団長の上条先生の総括資料が回ってきて見たら、「日本航空は赤字だから首を斬られた」とか「破綻したから首切られた」とか普通思うが、実は破たんしたのは2010年の1月19月で、そのあと再建が始まって私たちの首を切った時には1400億円もの利益が出ていた。国の支援機構から3500億円出て借金は棒引き、株価は価値をゼロにして。減価償却も買ったばかりのジャンボ機を200億から5億か10億にして減価償却するわけだから、馬鹿でも経営がプラスになる。利益が出る中で首を切った。ここは忘れがちだが、そういうことだ。

そして、山口団長はJALの破たんの原因がホテル・リゾート開発の損失など会社の放漫経営にあったことや、解雇事件裁判の経過、倒産ビジネスの実態、整理解雇後の安全にかかわる職場の状況、労働組合への攻撃について説明した上で、「JALの165名の解雇は、『労働者の権利』を守るたたかいであると同時に「物言う労働者の排除」「労働組合の弱体化」を狙ったもので、空の安全に直結するたたかいである。8年近くになるたたかい、負けるわけにはいかない、勝利するまで粘り強くたたかう決意です」とより一層の支援を呼びかけた。また、争議団の大池さん、林さんからも闘争の訴えが行われた。


閉会あいさつは新しく代表委員に就任した大谷代表委員が行い、最後に春田代表委員の団結ガンバローでJAL不当解雇撤回闘争に勝利するための意思統一を行った。

終戦から73年を迎えた8月15日、徳島市内では徳島人権・平和運動センター、反核・憲法フォーラム徳島主催の反戦行動が徳島市内で行われた。午前11時からは東新町商店街前で徳島人権・平和運動センターの街宣行動が行われた。岩生議長や政党代表者ら5人がマイクを握り、安倍政権が進める改憲阻止や徳島大空襲で徳島市内が焼け野原になった状況などを訴えた。徳島駅前では降りしきる雨の中、反核・憲法フォーラム徳島による九条改憲ビー玉投票が行われ、21対2で改憲反対が賛成を上回った。

 

さよなら原発徳島実行委員会主催の「福島から徳島へ・第7回子どもふれあい事業」が7月29日から8月2日にかけ開催された。福島から子ども、保護者を合わせ18人が参加し、徳島の自然に触れたり、観光を楽しんだ。直前に異様な動きをする台風12号の影響で開催が危ぶまれたが、参加者らは予定通り福島から徳島に到着した。初日の歓迎会と二日目の川遊びは中止となったものの、初日の夜は阿波おどり会館で阿波踊りを体験し、二日目は日和佐小学校の児童ら20数人と川口ダム自然エネルギーミュージアム、大塚製薬ワジキ工場見学を行い、夕方には南阿波サンラインモビレージに移動し、バーベキュー交流会で親睦を深めた。三日目は美波町日和佐のうみがめ博物館カレッタ、JA東とくしまのあいさい広場に立ち寄ったあと、徳島市の新町川ひょうたん島クルーズを楽しんだ。また、昼食は徳島市佐古の金剛ラーメン店主の計らいで、ラーメン、焼き飯、餃子が無償で提供された。その後、眉山山頂へ登頂し徳島市内を一望したあと月見ヶ丘海浜公園コテージへ移動した。四日目は朝から鳴門のうずしお観潮船に乗船し、渦潮を間近で見物した。コテージに戻ってからは夕方まで海水浴やボディーボードで遊んだ。夕方には実行委員会の幹事らも参加し、総勢約40人でバーベキュー夕食会を行った。最終日はとくとくターミナル物産館で徳島の土産物を購入したあと見送りを受けながら伊丹空港へと向かった。参加した子供の中には、「自分は小学校6年生なので、来年からは中学生も来れるようにして下さい」と訴える一面もあり、他の子ども達や保護者からも次年度の開催について要望がなされた。

 

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