2014反核・平和行動① | 専従日誌

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徳島県農協労連専従のブログ 農業再建、農協革新の取り組みや活動紹介など

被爆69周年目を迎えた今夏、ヒロシマ、ナガサキでは核廃絶・世界恒久平和の実現に向け様々な集会や取り組みが行われた。安倍政権が集団的自衛権の行使容認を閣議決定したことで緊張が高まる中、「戦争をさせない」との思いで、徳島人権・平和運動センターおよび全国農団労は広島で、連合徳島は長崎でそれぞれ平和行動に取り組んだ。

【被爆69周年原水爆禁止世界大会・広島大会開会総会】





8月4日、徳島を出発し貸切バスで広島へ。到着後、広島平和記念資料館を見学し、台風による悪天候の中、折り鶴平和行進を行いながら「被爆69周年原水爆禁止世界大会・広島大会」開会総会が開催される広島県立総合体育館へと向かった。



川野浩一大会実行委員長は主催者挨拶で、「被爆者手帳を持っている人は今年3月末で19万人とピーク時(1981年)の約半分となった。平均年齢は80歳近くに達し、被爆者の高齢化は被爆体験と戦争体験の継承を困難にしている」、「昨年の大会で、恐らく今後自民党は平和憲法の改悪を強行してくるだろうと言ったが、7月1日安倍政権は集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。ナガサキの被爆者団体は安倍総理に『69年前の地獄をまた再現したいのか』と訴えた。米国はイラクが核兵器を持っているとして市民をはじめ多くに人たちを殺戮し、また、陸海空軍など多くの若者の命を失った。イラクの平和は実現できたのか」、「私たちは今こそ先の大戦による死を、6.23、8.6、8.9を学習し憲法改悪を、戦争を絶対に許さない体制を構築し、次なるたたかいに備えようではないか。『核と人類は共存できない』という言葉は長い歴史の中から生まれた言葉だ。私たちは絶対に譲ることは出来ない。核には良い核も悪い核もない。私たちは強い信念と確信をもって断固として核も戦争もない21世紀を目指すたたかいを進めていかなければならない」と述べた。



被爆者の訴えは広島県被団協の池田精子さんより行われた。池田さんは当時、女学校一年生で爆心地から1.5㎞離れた地点で動員学徒として建物の撤去中に被爆し、身体の半分以上に大火傷を負った。三ヶ月後にようやく歩けるようになったが、家族が隠していた鏡を覗いたとき、「天地が砕けんばかり。生きる勇気を失うほどだった」という。8ヶ月くらいすると通学できるようになったが、人々の視線が気になり列車通学が耐えれなくなり、「誰を怨めばよいのか、何処へ訴えればよいのか、どうしようもない気持ちになり死を考えるようになった」という。しかし、それを救ってくれたのは父の何気ない言葉だった。「被爆当時のことを父が近所の人に話しているのを物陰から聞いた。私の身体は焼かれ、ひどい高熱にうなされ、うわ言のように『痛いよう。痛いよう』と泣いていたようだ。近所の人は『あれで生きられるのは奇跡だ』と葬式の近いことを噂していたようだ。父は身体を動かすことも出来ない私を思い、『今度空襲を受けたらもう逃げまい。精子の傍で一緒に死のうと覚悟していた』と言っていた。『顔に大きな傷は残ったけれども元気になってよかった。人間の命は地球よりも重く尊いものだ。また頑張って立ち直ってくれるに違いない』その父の話を聞いて胸が一杯になり、涙があふれて止まらなかった。それからは前に進むことだけを考えるようになった。後ろに向いて下を向くと涙がこぼれるからだ。愛に支えられて私は生きる勇気の道を選んだ」と語り、「あの時私は可憐な12歳の少女だったが、もう82歳となり語れる日はそう長くない。今度は、皆さんが自分の子孫にこの話を伝えていただきたい」と訴えた。



次に、高校生平和大使スピーチが行われた。第17代高校生平和大使の中村祐理さん(広島県立大門高校3年生)は、「私には一つの夢があります。それはこれからの未来を生きる人々が核も武力も戦争もない世界で自分たちの命を精一杯生き抜くことのできる未来を実現させることです。皆さん。いま空を思い浮かべたとき、どんな空が思い浮かびますか。私は自分たちの空は核という曇り空に覆われているのに、核抑止力によってその事実は隠され、その核の内側には偽物の青空が広がっているように思います。私は今もこの核に脅かされている平和が本当に平和であるとは思いません。武力行使の結果が平和をもたらしたことがあるでしょうか。二度の世界大戦、今なお続く地域紛争、民族間の争い、全て人々の命を奪う平和とは真反対の結果となりました。戦争体験者の方や被爆者の方々は私たちに、戦争は間違っているということを伝えてくれます。それは、戦争を知らない世代である私たちに二度と同じ悲しみを繰り返してほしくないと願っているからなのです。だから、この69年間思い出すことがそれだけ辛くても平和を願い、世界に訴え続けてきてくれました。しかし、そんな方々も年々高齢化していき数は少なくなっています。だからこそ今、これからの未来を作る若い世代である私たちが、核・武力をお互いに持たないという組み立てをし、核の曇り空を取り払う役割を果たすべきだと思います。そして私は、世界中の平和を願う人々とともに核廃絶に向けて何が出来るのか考え、そして行動していきたいと思います。核兵器、武力行使反対の声を上げ続けていきたいと思います。武力ではなく言葉の力で自分たちの未来を作っていけると信じています」と力強く訴えた。また、会場内では高校生1万人署名活動実行委員会の派遣支援カンパが取り組まれた。



福島からの訴えでは、福島県平和フォーラム代表の角田政志氏より、「原発震災より三年五ヶ月が経過しようとしている。しかし今も、爆発した東電福島第一原発では高濃度の汚染水がコントロールできず、格納容器内の状況も分からず、未だに危険と隣り合わせの状況にある。とりわけ、高濃度汚染水の問題では地下水が原子炉建屋に流れ込み、汚染水が増えるのを防ぐために汚染前の地下水を汲み上げて海に流し、地下水バイパスが原発建屋周辺に凍土壁を作り地下水を遮断する計画が進められています。地下水バイパスでは12本ある井戸の一本から高濃度のトリチウムが出ている。本来トリチウム汚染水は別タンクに移すまでの対策が必要だが、東電は12本からの地下水は一時的にタンクに集め、全体としては安全であるとして海に放出をしている。凍土壁では果たして凍土が出来るのかどうか、不確実性が指摘されている。汚染水の保管タンクについても危険性は依然としてありタンクの対応年数や増設の問題も起こっている。廃炉に向けて外に放射能を出さない対策が進められているが、しっかりとした設備の下での作業は出来ていない。設備は仮設的なものだ。それゆえ様々な事故やトラブルが起こっている。現在も放射能は外に漏れているし、今後も外に漏れる危険性は多分にある。福島県では、県内の全ての原発の廃炉に向け、運動を進めているところだが、安倍首相はこのような福島第一原発の現状を国民に正しく説明することもなく、この四月、新エネルギー基本計画に原発は基本的な電力供給源の役割を担うベースロード電源と位置付けて原発の再稼働、核燃料サイクル維持、原発輸出などの方針を打ち出した。そして七月に入り、原子力規制委員会が鹿児島県の川内原発を新たな規制基準を満たすと認めたことを受け、安倍首相は再稼働に向けて前向きな姿勢を示している。さらに原発再稼働を求める動きも強まっている。福島の現実からは到底容認できないことであり、再稼働させない国民の声をさらに大きくしていこう。原発災害は人々に極めて重大な人権侵害をもたらした。福島県では今も13万人もの人々が故郷を追われ、避難生活を余儀なくされている。また、長引く仮設住宅での避難生活が被災者の心身の健康を脅かしている。地元の新聞では原発震災による関連死が地震や津波などによる直接死を上回り、自殺者も増加していると報じている。故郷に住み続けていればもっと長生き出来たろうに。今後も引き続き国および東電への責任追及と誠意ある賠償と補償を強く求めていかなければならない」とし、「今後、自宅に戻れるのか、戻れないのか展望の立たない状況の中で、医療や子供の教育問題で心的ストレスが高まるとともに、放射能による健康被害も増加している。今年3月までに甲状腺がんまたはその疑いがある子どもは90人となった。大事なのは国が東電とともに原発被爆者全ての人を対象に補償を行うという方針を出させることだ」と訴えた。



続いて大会基調提案が藤本泰成大会事務局長より行われた。藤本事務局長は、週刊朝日(8月1日号)に掲載された作家の落合恵子さんと作詞家のなかにし礼さんの対談を紹介した。

落合さん「私は3.11以降大事な人がはっきりと見えてきたのです。気が付けばその人たちは皆、反原発であり反戦であり反核なのです」

なかにしさん「3.11の時、これはお前の生き方が問われる瞬間だという思いがしたでしょう」

落合さん「はい。しました」

なかにしさん「満州から引き上げる時、日本は僕らに『日本の家族は思わずその土地で生きる努力をせよ』というような通達を出し、国から捨てられたんだと思いました。それと同じことが震災後起こるに違いないと思っていたけど事実起きている」

落合さん「はい。酷いものです」。


2011年3月11日から4回目の夏を迎えた。復興の道のりは遅々として進まない。しかも復興財源の確保や生活基盤の確保、除染など課題が山積みの中で国は被災県が要請している集中復興期間の延長を認めぬ姿勢に終始している。7月28日付けの福島民友には一面トップで「国は福島を突き放そうとしている」との記事を掲載した。国は福島原発事故の責任を蔑ろしにし、復興に向けた真摯な姿勢を見せない中で、事故で奪われた生活、故郷、その責任を誰がどう取るのかと国や東電に対する集団損害賠償請求訴訟が起きている。『棄民』と言う言葉があるが、なかにしさんが言うように捨てられたということが相応しいと思うような事態が進んでいる。ここ広島においても69年前、原爆によって罪なき多くの命が一瞬にして奪われた。生き残った人々も放射能による健康被害と揺るぎなき苦しい生活を強いられた。そこからの復興は罪なき苦しみを背負ったその名もなき民の一人ひとりの努力にあった。それから69年、なかにしさんや落合さんが指摘するように、名もなき民に我慢と自己犠牲が強いられている。原水禁運動の原点には国の責任を明確にしてそのことを基本にした被爆者の生活再建と幸福の追求という視点があったと思う。私たちはいま、その原点に返って福島と向き合うことが求められている。しかし、国は福島の復興半ばにその責任さえ明確にしないまま川内原発の再稼働に踏み切ろうとしている。安倍首相は世界一最も厳しい安全基準を繰り返し主張しているが、どこにも根拠を見出すことは出来ない。私たちは、原子力規制委員会から一度たりとも安全であるとの話は聞いていない。規制委員会の田中俊介委員長は「新規制基準を満たしてはいるが私は安全とは言わない」と発言している。菅官房長官は「原発の安全性は規制委員会の判断に任せている。個々の再稼働は事業者の判断で決めること」として国の責任を回避した発言を繰り返している。九州電力関係者に対する「川内原発は何とかします」という安倍首相の言葉は、今の政治が名もなき民である私たちの声を全く無視し、馬鹿にし、そして福島の被災者の心を切り裂く浅ましい発言であると断言させてもらいたい。5月21日、福井地裁の樋口英明裁判長は関西電力大飯原発運転差止訴訟の判決において、「当裁判所は極めて多数の人の生存・権利と電気代の高い、低いの問題等々を並べて論ずるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないと考えている。豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことが出来なくなることが国富の損失であると考えている」として原発事故がもたらした被害の大きさを考えると、人格権の視点から大飯原発の再稼働は許されないとの判断を下した。人間の生命の根源を深く洞察した倫理的な判決は、脱原発運動の正しさと、脱原発そのことが国土に根を下ろして豊かな生活を保障するものであることを明確にした歴史的な判決であると考える。米国最大の電子メーカーであるゼネラル・エレクトリックのジェフリー・イメルト最高経営責任者は「今、本当にガスと風力の時代になってきている。だから、ガスと風力か太陽光、そういうコンビネーションに世界の大部分の国が向かっていると思う。原子力を正当化するのは非常に難しい」と発言している。原発に拘泥することなく脱原発を国の方針として意味のない既存原発の安全解釈にかける多額の費用を自然エネルギーの開発拡大に注ぎ込むことに直ちに着手するべきだと思う。しかし、安倍政権は2030年代に原発ゼロと謳った民主党の革新的エネルギー戦略を反故にし、新しいエネルギー基本計画を策定し、原発を重要なベースロード電源として位置付けるとともに原発推進の基本政策に位置付けられていた高速増殖炉もんじゅと六ヶ所再処理工場を基本とする核燃料サイクル計画の確実な実施を盛り込んだ。高速増殖炉計画からは世界各国が撤退し、日本のもんじゅも計画破綻といった状況になっている。また、六ヶ所再処理工場も本格稼働の時期を20回も延長させ、その目途も立っていない。核燃料サイクル計画は原子爆弾・核兵器の原料となるプルトニウムを利用する計画だ。日本は核保有国以外で唯一、商業利用として使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し利用する計画を進めてきた。現在、分離したプルトニウムを45トン保有している。これは長崎型原発の5500発分にもなり近隣諸国の脅威と批判を受けている。今年3月にオランダハーグで開催された核セキュリティサミットでは、プルトニウム最小化への合意がなされた。原発が全て停止している中、日本はプルトニウム利用計画も策定出来ないでいる。日本が再処理の計画を放棄しない中、韓国は改定時期を迎えた韓米原子力協定の交渉において米国に対して再処理を求めるよう要求している。同時に多発テロ以降、核テロの脅威を原点に核のセキュリティサミットを開催した米国は韓国の要求を認めず韓米原子力協定は改定されないまま2年の延長で決着した。核実験を繰り返し核保有国とみられる北朝鮮人民共和国とプルトニウムを45トンも所有する日本の狭間にあって、韓国の不安は増大する可能性がある。原水禁はこの間、東北アジアの非核地帯構想を支持し運動を展開してきた。被爆国日本として現実的課題としてこの構想を捉えるとき、プルトニウム利用政策を放棄することが極めて重要ではないかと考える。被爆国日本がプルトニウムの利用をやめる決断をする。そして米国の核の傘の下にあろうとする非現実的な呪縛から逃れ、消極的安全保障を日本自らが米・露・中に向かって主張していく。さて、安倍政権は憲法9条の平和主義の解釈を閣議決定のみで変更し、戦争をする国を目指そうとしている。私たちは道を誤ってはならない。ホルムズ海峡は日本経済にとって死活的とする安倍首相の言葉は、満蒙は日本の生命線と言って15年戦争に突入した当時の主張と重なってみえる。歴史に学ばずして将来を語ることは出来ない。国を守る戦争はいつも最後は一般市民を大量に巻き添えにするものだ。沖縄戦や東京大空襲やヒロシマ、ナガサキがそのことを明確に語っている。東京大空襲の記録を生涯に渡って語ってきた作家の早乙女勝元さんは「忘れるから戦争になる」と話している。私たちはヒロシマ、ナガサキを、そして戦争を忘れてはならない」と訴えた。



続いて海外来賓の紹介があり、米国の平和団体であるピースアクション政策担当ポール・マーチンさんが代表して挨拶を行った。マーチンさんは米国の核軍縮の状況等について説明した上で、フェイスブックやツイッターのアカウントを紹介し、ヘレン・ケラーの格言「一人でできることはとても小さい。しかし一緒にやればたくさんの事ができる」を引用し連携強化を呼びかけた。





そして、「原爆を許すまじ」を全員で合唱した後、佐古正明広島実行委員長が「世界の恒久平和と核のない世界を追求するには、ヒロシマ、ナガサキで69年前に何が起きたのかを正確に学ぶ必要があると思う。限られた時間ではあるがしっかりこの地で学んだことを今後の活動に活かしていただくことを心から願う」と挨拶し、開会総会を閉会した。総会参加者は3300人だった。

【広島平和記念資料館横に植えられている被爆アオギリ二世】