3、似の島とは | 天雅日記(生活版)

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1から第4シンボルまで唱え、自分の体に霊気を満たす初老。

 

自分に霊気を伝授してくれた古田島先生は、基本は気功法使いなため日々の練気に重点を置くのだが、深山幽谷な霊山に遊ぶとその地の神から低確率で加護されることでご加護が付き、そのご助力のみで気功法のように病人を癒すことを代々修験者は行ってきたのだが、その末裔である自分もいつからかこれが出来るようになっていた。

 

ただ、これにも問題はあり、自分にやる気と言うか必要な努力すらも厭うような人への霊気は自分の気力体力が損なわれるので、やはりある程度の練氣も必要にはなる。

 

満たした霊気をもう一度第1から第3シンボルまで唱え、とにかくあの時の広島に意識を合わせると、予想に反しゆるやかな流れで霊気はあの時の広島に吸い込まれていく。

 

あんまし世界平和とか核兵器廃絶とかに興味の無い方々にしてみれば、何であの広島の平和公園は広いのかと思うかもしれないが、戦前にはあそこにはびっしり商家や民家が立ち並び、かなり繁盛していた土地だったのを気軽に消し飛ばしたのが核兵器の恐ろしさでございましてな…。

 

その時に空き地になったまま、様々な変遷を経て今のような広大な公園になっているんですわ。

 

74年後の今の不成仏霊を探す霊気療法の旅ではなく、あの時のあの瞬間の苦しむ方々に向けての霊気は、ただ虚空に吸い込まれるように流れるだけだが、確かにその先には沢山の人がいるのを強く感じる。

 

ただ、霊気療法の流れから考えれば、病腺から感じるヒビキはもっと激しく強いものでなくてはおかしい。

 

霊気が広島市内ではなく、より強く流れ着く先は、市内ではなく洋上の島だった。

 

 

戦艦武蔵の搭乗員の生き残りが、不沈艦である大和型である武蔵沈没の事実を国民に隠すためのみに戦後近くまで軍関係者に幽閉されていたように、あの時の広島も壊滅した市内ではなく、死傷者の手当てや被害の隠蔽のためもあるのか、広島にほど近い洋上の島に収容していたらしい。

 

その島の名前は似島(きついので閲覧注意)

 

はだしのゲンの作中で約30年後に公表されるまでは誰も知らなかった、沢山の方々が満足な治療を受けることも出来ずに焼却された、あの地獄のような島である…。

 

十一面観音さまにブーストされた霊気は、その似島に流れていく…。