豊かなセックスライフは、人生に潤いを与えてくれる。
今日は皆様と共に、性との向き合い方を考えたい。
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というわけで、私は時折、ランジェリーを着用して、オナニーに勤しんでいる。
想像してごらん
写真をご覧の通り、私は以前、ランジェリーをステージ衣装としていた。
だが、ある日を境に、それは無用の長物と化した(我に返った、とも言える)。
使用機会のなくなった、哀しきランジェリー。
私は比較的、不要になったものは躊躇なく捨てる性質だ。
しかし、このランジェリーを捨てることに対して、内なる声が「待った」をかけた。
(それを着て、オナニーしてごらん)
天啓とは、まさにこのことだった。
私は自室で、種々の葛藤と死闘を繰り広げながらも、ランジェリーを着用した。
そして、鏡の前に立った。
凄絶な興奮。
驚異的な感動。
筆舌に尽くし難い、自己嫌悪。
錯雑とした感情が、我が心を千々に引き裂こうとする。もちろん、パーセンテージとしては、興奮のコールド勝ちである。
もう後には退けない。
「迷ったら前へ出ろ」という、少年野球をやっていた頃に受けたコーチの教えが、脳中を擦過した。
コーチ、いま僕は、自分自身のバットをフルスイングしています。ボールもパンパンです。そして人生が、エラー続きです。
だが、せめて自分との闘いには、負けたくない。
そして、私は、シコった。
序盤、即ち勃ち上がりの場面は、パンティーの上からちんこを摩擦する展開。
そう、1巡目は、バットの出どころやタマ筋の見極めが重要だ。
中盤、圧倒的な背徳感を改めて噛みしめ、フル勃起する。さあ、ここからが勝負だ。しっかりバットを振ってゆこう。
遠くに飛ばすための練習は、いままでヤッてきたじゃないか。
フル勃起すれば、クリオネの死骸も、腐ったブナシメジぐらいにはなる。
その膨張っぷりは、もはやパンティーじゃ抑えきれない。
よって、脱ぐ。パンティーを。
ついに私は、ブラジャーだけを着けた状態となった。ここから一気に畳みかけたい。
終盤戦。様々なイマジネーションの変化球を駆使する。研ナオコ。赤木春恵。山下達郎━
ラディカルかつアナーキーな刺激は、我が射精欲を、臨界点にまで導いてくれる。
そして私は、果てた。イッた。射精した。女性用ランジェリーを着たまま。
放出した精液は、ただならぬ量であった。
白濁した精液に、ゆっくりと視線を投げると、それが、去りし日に追いかけた白球に見えた。
歳月の経過と共に失った純粋さ。次々に去来する、記憶の火影たち。
人はなぜ、生きるのだろう。人はなぜ、シコるのだろう。
だが、残酷なまでに過ぎゆく時間を嘆いていても、詮無いことである。
性春とは、心の在り様なのだから。
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本日もお付き合い下さいまして、ありがとうございました☆ 好き週末を~!
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