数日前に書いた前回記事に続き、書き始めに当たってはまたしても、「このブログは、他者のために書かれているというよりむしろ、自分がそのつど思ったり考えたりしたことを書き留めるという機能を果たしている」云々(なお、間違っても「でんでん」とは読まない)といった註釈を書きたくなる。ま、しかしそれについては、「前回を見てくれ」で良いだろう。どのみち、場末のブログが勝手な思いつきないし思い込みを書くために、大した注意書きなど必要であるわけがないのである。

 ということで、標題の件である。「少し将来の時点から現在を考えてみると」などと大風呂敷を広げたが、言うまでもなく、本ブログの著者ごときが真の意味で〈将来の時点から現在を眺める能力〉(預言者の能力、とでも言えようか)を持っているわけはない。そんなわけはもちろんないのだが、ただ、どう考えても、世の中で新型コロナ感染症の拡大防止のためと称して今行なわれていることは、(極めて不謹慎なことを言えば)明らかにやりすぎである。というか、後世から今の状況を見た場合に、そういう判断が下されるであろうことは極めて高い、というのが、筆者の素人考えである。

 但し、誤解のないよう、ここで註釈的・挿入的に付け加えておくと、ならば筆者は、現在行なわれている対策を改めよと言いたいかと問われるならば、改めよなどと言える自信も言う勇気も筆者は全く持ち合わせていないし、さらに言えば、今は、既にこういうやり方を始めてしまった以上、その路線を突っ走るほかはないと思ってもいる(因みに、こういうやり方以外のやり方を採った国としては、もちろんスウェーデンが挙げられる)。というような意味で、以下に記すことは実践的な提言などといった大それたものでは全くない。この点をまずはっきりさせておきたい。

 かくて、「少し将来の時点から現在を考えてみる」などという、本来できもしないことをあえてしてみようという、たわ言以外でありえない文章を以下続けることにすると、この問題との関連で中期的に(中「長」期的に、とはあえて言わない)人間社会が採りうる選択は、(繰り返しで恐縮だが)筆者の素人考えによれば、少し上でかする程度に触れたスウェーデンのやり方以外にはありえないように思われる。つまり、感染症の発生が見られるとしても、社会を極力通常どおりに回すというやり方、これである。但し、スウェーデンのやり方で、人口1000万人程度の同国に既に死者が千人単位で発生していることからもわかるように、これはよほどの覚悟がなければできるやり方ではないし、そもそもスウェーデンが今回これを採用したことが正しかったかどうかは決して自明でない(たぶん、間違いだった可能性が高い)。

 ならば「中期的にはスウェーデンのやり方以外にはありえない」と考えるのも間違いなのか。それは話が違うと、筆者としては言いたい。なぜなら、今、外出抑制(前回書いたとおり、これが正確には外出自粛要請なのかそれとも外出規制なのか、という点はこの際重要でない)をやった結果、今後出てくるであろう様々な経済的影響は、筆者にはおよそ想像がつきかねる、とてつもないものになる可能性が充分あるからである(特に、休業補償等、諸々の経済的な支え――これについては前回書いたとおり――が全く不充分な日本においては)。

 ところで、話をさらに先に進めるに当たって好都合な記事が朝日新聞デジタルに出ているので、少し参照しておきたい。この記事だが、
(以下引用)
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(前略)行動制限の解除については、複数の大学やシンクタンクが提言を出している。代表的なのが、米アメリカン・エンタープライズ研究所が発表した報告書「再開へのロードマップ」だ。コロナ危機からの経済回復を議論する米政府の官民チームのメンバーでもある米食品医薬品局(FDA)のゴットリーブ前長官らが、米国が取るべき対応をまとめた。

 その内容は①感染拡大を遅らせる②地域ごとに経済を再開させる③免疫防御を確立させ、制限を撤廃する④次の未知のウイルスによるパンデミックに備える――という4段階からなる。

 これにあてはめると、現在、日本を含む多くの国は①の段階だ。(中略)

 感染拡大が落ち着いた中国のほか、感染者数がピークを迎えたとされる米国や欧州の一部、韓国などでは、②の段階に入っている。14日連続で感染者数が下がることや、地域医療機関が感染者を受け入れられる態勢が整っていることなどを条件に、徐々に行動制限を緩めていくのがこの段階だ。

 ただ、制限の解除にはリスクが伴う。米疾病対策センター(CDC)元所長のトーマス・フリーデン氏によると、そのために重要なのは▽新たな感染者を察知できる検査の拡充▽感染者の徹底隔離▽感染者との接触者を探し出す人員の確保▽接触者を14日間検疫する態勢の確立だ。「一つでも欠ければ、ウイルスは逃げだし、また爆発的に広まる。増加傾向が見られたらすぐに『蛇口』を閉め、直ちに外出制限を再開することになる」という。
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(引用終わり)

 このあとの部分はまたあとで引用することにして、ここで示されているのは、感染症対策との関連で今後の社会は、言われている4段階のうちの①と②を言ったり来たりする可能性がある、ということである。実際そのとおりだろうと思われる。そして、それに対する対策も記事の中に示されているとおりで、②を継続させることができるためには「▽新たな感染者を察知できる検査の拡充▽感染者の徹底隔離▽感染者との接触者を探し出す人員の確保▽接触者を14日間検疫する態勢の確立」が極めて重要である。日本の状況を念頭に、これを一言で言い換えれば、検査能力の飛躍的拡大と、軽症者収容施設の大幅増が不可欠でありかつ急務だ、となるのではなかろうか。

 つまり、②の段階に移行したあとで感染者が発見された場合には、圧倒的物量を以て当の感染者を中心とする検査を実施して、感染範囲或いは感染地域を特定し(これは、これまでの感染症対策では完全にはできたためしがない事柄だが――但しクラスター潰しは、それが完全な成功のうちに行なわれれば、これに当たると言えるかもしれない)、その範囲・地域を封じ込めることによって、感染がそこから外に拡大しないようにすることが必要である。ここで重要なのは、この場合に「圧倒的物量」によって一気に検査を行なうことであり、これができるためには、日本の貧弱な検査能力はもとより、韓国の検査能力でも不充分ではないかと思われる。(なお、GPS追跡も必要ではないか、との議論もあり、その意義は理解できるが、今の日本では、とにかく政治が全く信用に値しない。情報公開制度を整備して、事後的なチェックが完全に可能となったあとでなければ、GPS追跡を認めることは難しいと筆者は考える。)

 愚か極まる現政権には全く期待できないが、それでも政治は、目下の感染症対策に奔走するだけでなく、少し将来に必ず現出するであろう上述のような状況を見据えて、そのための準備(つまり、繰り返すが、検査能力の飛躍的拡大と、軽症者収容施設の大幅増)を進めなければならないと思う。


 記事の引用を続けることにすると、
(以下引用)
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 完全な収束を意味する③の段階で目指すのは、多くの人が自然に感染して免疫を獲得するか、ワクチンが開発されて広く行き渡るかのどちらかの状況だ。集団免疫という考え方だ。英政府のバランス首席科学顧問は集団免疫が機能するには人口の6割が必要だとしているが、世界保健機関(WHO)によると、現時点で抗体を持っているのは、世界の人口の2~3%程度にとどまっているという。

 米ハーバード大のチームは、感染者数のピークが救急医療態勢の能力を超えないように断続的に外出制限を行った場合、多くの人が感染して集団免疫を得られるには2022年までかかると予測する。治療薬の開発や救急医療態勢を拡充すれば感染者増に対応できるため、外出制限の期間は短縮できるという。

 今月、行動制限の緩和方針を発表したドイツのメルケル首相は「ワクチンが手に入るまで、ウイルスと共に生きなければならない」と語った。ワクチンは現在80近い候補が研究されており、米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長は実用化までに「12~18カ月かかる」との見通しを示している。しかし、過去最短と言われるおたふくかぜのワクチンも使えるまでに4年かかっており、多くの研究者や製薬会社は楽観的すぎるとの見方だ。
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(引用終わり)

 ここで問題にしたいのは、この③の段階は果たして実際に到来するかどうか、ということである。こう書くことからわかるように、この点について筆者は極めて懐疑的である。たぶん、③の段階に行き着くことのできる国は、今回の感染症との関連では皆無だろうと思われる。

 ならばどうするべきなのか、或いはどういうことになるのか。たぶん、世界の大多数の国は遅かれ早かれ、①の段階を経て②の段階に行き、そして場合によってはまた①に逆戻りする、ということを、向こう何年間かにかけて経験するのではあるまいか。これが、筆者の素人予想である。そしてその場合、世界の大多数の国は、何らかの意味でスウェーデンの例に倣わざるをえなくなるのではないか。これが筆者の素人予想であり、この意味で、上述したように「中期的にはスウェーデンのやり方以外にはありえない」、と筆者は考える。

 そうだとすると、その場合問題は、では例えば日本はどうやって①の段階から②の段階に移行できるのか、ということになる。このあたりはどう考えるべきなのか。

 やや長くなったので、このあたりまでで一区切りとし、続きは次の記事で書くことにしたい。