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伊吹ちゃん達を案内し終わっても 流輝さんは戻って来なかった。
「『悪いがタクシーで帰ってくれ』だって。何処に行ったんだろお兄ちゃん。」
伊吹ちゃんにメールが届き 私は仕事に戻る。
…やっぱり、昨夜のこと怒っているのかな。
モヤモヤとした気持ちを抱えたままだった。
だけど閉館を迎える頃
「あ…」
『外で待ってる』
流輝さんからメールが届く。その何文字かでは彼の機嫌は分からないけれど
私は逸る気持ちを抑えながら勤務を終え
「流輝さんっ」
「よう。」
門の前で待つ彼の元へ走った。
「飯 食いに行こう。」
「っ…」
薄暗い空の下 すぐに歩き始める…思わず彼の腕を掴んだ。
「流輝さん、昨日はごめんなさい。」
「あ?」
立ち止まらせたのは横断歩道の手前 歩行者信号が青の手前
「電話にもでなかったし、メールの返事もいい加減で…」
「…?」
そこまで伝えた時 彼は一瞬首を傾げる。
気にしていなかったかもしれない
だけど私は凄く気になっていた。
「ごめんなさい…。」
流輝さんは連絡のつかない私を心配してくれていた。それなのに着信に気づかずに…
「もうこういう事のないようにする。…だから、ごめんなさい。」
流輝さんの気持ちに背くような態度であったろうと思う。それをきちんと 謝らなければいけないと思っていた。
「…はぁ~ん…」
流輝さんは一度歩行者信号に目を向け それから私に振り返る。そして
「それで俺の顔色気にしてたのか。」
「え…」
「博物館で。ヤケに縋るような目で見てくるなと思ったから。」
そう言ってフンと笑って。
あ、良かった…怒ってない…
その時実感した。
「まぁ詳しく聞かせろよ。昨晩一緒だった男から『花嫁』のどんな情報を得たんだ?」
私は流輝さんに嫌われる事をこんなにも恐れているんだって
それくらい…好きなんだって感じたんだ。
「え…どうして、男の人と一緒だったって知ってるの…」
歩行者信号がまた青に変わる。流輝さんはフッと笑ってから
「最近のお前がどうこうって いちいち教えてくる奴がいるからな。」
「え?なにそれ。…え、だれ??」
「内緒。」
手を取り 歩き始める。横断歩道を渡り終える頃にはもういつもの私たちに戻っていた。
・・・・
「『白金の花嫁』…」
「そう。しかもヒールだった。だけどとてもじゃないけど履けないよ、芸術品だもん。」
のれんをくぐったのは 彼の好きなお店になった私おすすめの焼き鳥屋さん
賑わう店内と香ばしい匂いの中 いつものカウンターに肩を並べ座った。
「蛭川さんに調べて貰ったら何か分かるかな。」
「ああ。まさか靴とはな…まるでシンデレラの世界だな。」
プリンセスの前に跪き ヒールを差し出す王子様…曾おじいちゃんはそんな場面を思い浮かべながら『白金の花嫁』を仕上げたのかもしれないと
「お前が大正ダビンチに随分と愛されていたんだとよく分かる。」
流輝さんは私の頭を撫で微笑む
「うん。ホント…すごく可愛がって貰ってたから。」
曾おじいちゃんの愛情に胸温かくなりながら食事をしていたわけだけど
「で、その阿笠って男はお前が大正ダビンチの曾孫だと知って近づいたって?」
「そうなの。なんで知ってるんだろうって…不思議で。」
だけどその疑問はすぐに解決した。
「お前が大正ダビンチの曾孫だって事は ほら、最優秀賞を取ったあの時に いくつかのメディアで記してたからな。それを知られてる事はそんなに驚くことじゃない。」
「え、そうなの?」
なんともあっけらかんと言われて。
「大正ダビンチの血を引く後継人だと お前の絵画を高く売り付けようとする売人もいるぐらいだ。」
「えっ」
私自身が知らない私の情報 彼は何食わぬ顔で話をした。
「だからと言ってお前の身に危険があるわけじゃない。世間じゃお前の絵はまだ価値が低いからな。しかもあの絵以降、一品も描いてねぇし。」
「ハハ…。」
「売れるのはお前が天国に行ってからだろ。ま、腕が落ちればそれもないがな。」
「おっしゃるとおりです…。」
今夜はビールではなく チビチビとウーロン茶を飲む。流輝さんはビールではあったけれど ペースは遅かった。
「『白金の花嫁』の写真をどこで手に入れたのか…彼が酔っ払っちゃって結局何も聞き出せなかったんだけど…。」
「それより…」
「ん?」
「その阿笠って男、どうしてお前とブラックフォックスが絡んでいると勘付いているんだ。」
「え…」
思いも知れない問いに私は目をパチクリとさせる。流輝さんはそんな私を笑いグラスのビールを一気に飲み干した。そして
「知られたところで俺たちの正体がバレるわけはないから 大して気にはしてねぇけど。」
「…。」
流輝さんどうしてそんなこと…それより阿笠くんって一体何者なの。
『白金の花嫁』の情報が分かれば教えるからって 携帯番号を交換したお昼
「…。」
その代わりに私からなんの情報を得ようとしているのか。ブラックフォックスの情報?考えたら…番号を交換した事を後悔した。
「ま、ソイツがなんの目的でお前に近づいて、なんの理由で『白金の花嫁』を探しているか、だ。」
「…うん。」
「拓斗に調べさせる。正体もすぐに分かるだろ。」
「…うん…」
「…プッ、眉間に皺が寄ってんだよ。」
箸の止まった私の横顔に流輝さんは手を伸ばす。
「ここ。ボトックス打つぞ。」
笑いながら眉間に指先を当てる…だけど私は避ける事も笑い返す事も出来なかった。
「ったく。うさんくさい顔をするんじゃねぇよ。」
「うん…。」
「全然、『うん』じゃねぇな。」
流輝さんはフッと笑い 伝票を手に取り席を立った。
「そろそろ行こうか。」
「え?どこか行くの?」
追いかけるように彼に聞いたわけだけど
「お前んちだろ。」
「え?」
聞き返す私に意地悪に口角を上げた。そして耳元で
「俺に悪いことをしたと思ってるんだろ?」
「え、あ…うん…」
「じゃ、おしおき。」
フフンと笑って。
「ハハ…」
カァーッと顔を染めた私はその時思った。
「…やっぱり少し怒ってたんじゃん…」
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