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「***さん!」
「え?…あ、伊吹ちゃん!」
休憩を終え 持ち場である展示室に戻り、しばらくしてだった。
駆け寄る彼女に 私こそ慌てて駆け寄る。お互いが手を取り再会を喜んだ。
「久しぶりだね伊吹ちゃん。菊乃さんもお久しぶりです。」
フフフと笑う彼女と丁寧に頭を下げる菊乃さん
多忙な毎日のせいで 絵画教室の再開も未だ叶っていない。二人とは電話やメールだけでしか様子が伺えていなかったから
「あれ?お化粧してる?」
「ちょっとだけ。」
少し大人っぽくなった彼女に初々しい美しさを見つければ なんだかこそばゆい気持ちになった。
「名画展が落ち着いてから来ようと思ってたの。だけど今日急にお兄ちゃんが行こうって。」
「え?…あ…」
遅れてこちらに向かって来る流輝さんに一瞬戸惑いが顔に出る。
昨夜 彼からの連絡を随分といい加減に返してしまった事が原因だ。
「あの…流輝さん…っ」
すぐに声を掛けた。でも
「忙しいとこ悪いけど案内してやってくれないか。」
「…あ、うん もちろん…。」
すぐにそう言われて。
今日、彼に連絡をするつもりではいた。だけどお昼休みにも連絡が出来なかった
話したい事が沢山ある。でもまずは昨夜の事を謝らなければと
「良かったな、伊吹。コイツ以上の専門家はいねぇよ。」
朝からずっと…気をもんでいたのに。
「…任せて、伊吹ちゃん。」
流輝さんに 私へのなにか 特に変わった様子を感じない
いつもどおりの自然な笑顔 気にする程の事ではなかったのかもしれない?だけどやっぱり…。
「行きましょうか。」
観覧中に折を見て謝ろう。だって心配させたと思うから…だけど
「あれ、お兄ちゃんは観ないの?」
展示室前で足を止める。振り返れば
「俺は良い。」
え…
ヒラヒラと手を振り早々に背を向けられる。そりゃこの4点の絵画については詳しいと思うけど
「流輝さん…」
何か急ぎの用があったのかもしれないけれど…。
「変なの。ま、いっか。行こう、***さん、菊乃。」
「…うん。」
少し…気になった。
・・・・
「ハァ…ッ…」
チッ…見失ったか…。
***と一緒に居た男が博物館を出て行くのを目にし 伊吹に付き合うこともせず早々に入り口に向かったが
「…。」
既に姿はなかった。辺りを一通り見渡し舌打ちをする。
何者だ?アイツ…
俺がこんな突拍子もない行動を取ったのは変な偶然に出くわしたからだ。
・・・・
『***さん、きっともう戻って来てるね。』
『…多分な。』
休日の博物館は来館者が多い。だが賑わいとはかけ離れている。
元々静寂を基本とした場所であるから 館内に足を踏み入れた時点で会話が小声になるのは自然…だから余計
『大正ダビンチの曾孫だと本人は認めてます。』
『…っ?』
気にしている何か ただの日常会話ではない発言は背後だろうとやけに耳に届いて。
振り返れば ***と一緒に居たあの男がスマホを耳に当て話をしていた。
『…ハハ、分かってます。ブラックフォックスの事はこれから探ろうかと。』
…なんだ??
***に近づいている目的に眉を潜める羽目になれば
『お兄ちゃん?どうしたの?』
『…いや。』
…男の正体が気になって。
・・・・
「…。」
入り口からまた館内へと足を向ける。
***に聞くのはもちろんだが あの男、調べたほうが良いかもしれない…
重い足取りで展示室に向かっていた時だった。
「…流輝さん?」
「…?」
カツカツと…ヒールが近づく音 振り返れば
あ…
「やっぱり。…こんな場所で会うなんてびっくり。」
大して年月は経っていないが久しぶりだと感じた。
「…ああ。…」
いつかの見合い相手 確か…披露宴の日取りまで強引に話を進められた記憶。
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