クリスマスとか…どうでも良い…。
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「伊吹ちゃんセンス良いね。この色使いは思いつかない。」
キャンパスに向かう彼女に 腰を屈め微笑む。
「嬉しいなそう言って貰えると。」
恥ずかしがる伊吹ちゃんと同じタイミングで柳瀬家の庭に目を向ける。青い空に木漏れ日溢れる春の陽気に目を細めた。
「…しかしホンット素敵なお庭だよね…。」
「フフ。***さんてば、そればっかり。」
休日の午後 私は流輝さんの実家を訪れていた。
妹の伊吹ちゃんに絵画の手ほどき…なんてそんな立場でも無いのに呼ばれるがままノコノコとやって来たわけだけど…なんというか…。
「休憩されませんか。」
「あ、すいません。」
華奢な銀食器の音がしたと思ったら背後には香り高い紅茶を運ぶお手伝いの菊乃さん。
「伊吹嬢ちゃまはお上手でしょう。」
柔らかな微笑み…私は釣られて微笑み頷く。
「あ~、喉渇いた。なんか緊張しちゃった。」
伊吹ちゃんと共に小さな猫足のテーブルの傍に行けば
「…美味しそ…。」
苺のショートケーキ…と、一言で言っては申し訳ないような 艶々としたカットケーキに頬は緩んで。
…しかし本当に、
「…豪邸だよね。」
「そんな事ないよ、古いだけだよ。」
いやいや、まさに柳瀬御殿でしょ…本当に流輝さんは良いとこのお坊ちゃまなんだなと
「頂きます。」
「どうぞ召し上がれ。」
そう感じずにはいられないほどのご実家。
・・・・
「まるで外国だよ…イギリス、イギリスに来ちゃったよぉ。」
『バラの絵を描きたい』
そう言っていた伊吹ちゃんだったけれど まさかモッコウバラだとは思わなかった。
イングリッシュガーデンの代名詞とも言えるモッコウバラ。1本で主張の強いタイプでは無く ツルバラであるこのバラが
それこそ赤、黄色、桃色と…柳瀬邸の庭のレンガの小道に沿って咲き誇っている。…え、庭…庭よね、公園じゃないよね、ここは。そう、お庭。
小さくも上品な花びらと青々とした葉とのコントラストが絶妙。なんて見事なんだろうとため息ものなのに
小道の途中にあるアーチ、そしてベンチ
1年を通して庭を彩るよう工夫された様々な種類の他の花々が手前から奥にかけて高くなるよう植えられてある様は
庭の広がりや奥行きさを考えてのもの…都会の外観を高い塀で遮っている分 この場所は異国のような雰囲気を醸し出していた。
「…素敵…」
どのカットも描きたくなるような美。この庭を目にした時 思わず感嘆の声を上げてしまう程だ。
本当にここは都会の真ん中なのだろうか ねぇこの紅茶に魅惑的な何かが入っている?そんな気さえしてしまうくらい
気分は高揚し 庭に魅入る午後だった。
「お兄ちゃんとは上手くいってる?」
「え?…あ~、うん…?」
「照れてる。フフ。」
菊乃さんと顔を見合わせクスクスと笑い合う彼女に曖昧な返事をすれば冷やかされる事は分かっていたんだけど
「…ぼちぼちです。」
そう答えるしかないというか。
「***さん。お兄ちゃんのこと、お願いね。」
「ん?」
「お兄ちゃん…ちょっと揉め事多そうだから。」
あれ…。
言いにくそうな横顔に 彼の女性関係を少しは知っているのかもと思った。
もしかしたら彼女は いつかのレストランでのあの美女との鉢合わせの場面を見たのかもしれない。
「***さんとお付き合い始めたんだから心配ないとは思うんだけど…。ほら、初めてレストランで食事した時、」
あ、やっぱり見たのか…
妹としてはキツい場面だったろうなと 私はどうにか誤魔化せないかと思ったんだけど
「あの日、気づいた?お兄ちゃんケガしてたでしょ。」
「え?」
私が想像していた様子ではなくて…。
「口元。唇の端がね、切れてた。前日 女の人に叩かれたんだって。」
「え?」
あの日ではなくて前の日??え、また違う美女?
目をパチクリとさせる私を見ながら彼女は自分の唇の端を触る。そして
「伊吹、お兄ちゃんの変化はすぐに分かるの。変に口元を気にしてるなって思ってたの。だから問い詰めたら白状した。男冥利に尽きる、なんて笑った。お兄ちゃんあの日マリネ系食べなかったでしょ。痛かったんだよ。」
「…そうだっけ…。」
二日続けて女性関係でモメたのぉ??
さすが流輝さんだと感心するというかなんというか…
「ホントお兄ちゃんてば。情けない。」
「ハハ…。」
口元…色っぽいなとは思ったけれど…。
「…ああ、そういえば…」
ナフキンで口元を押さえる様子が目に浮かぶ。
鴨のローストがビネガーソースで…前菜のサーモン…少し残していたような…
記憶を辿ろうとする私を伊吹ちゃんは拗ねた顔をして見つめていた。その様子に菊乃さんは微笑みながら
「流輝お坊ちゃまは幼少の頃からおモテになられてましたからね。」
むしろ誇らし気に笑って。
「心配要りませんよ、もう***さんっていう素敵な恋人がいらっしゃるんですから。」
「そうよね!***さんにぞっこんだものね!」
「…ハハ…」
そんなキラキラした瞳で見つめられると変にプレッシャー
「ホント私のどこが良いんだろ…。」
ポツリ呟いた本音は二人の笑い声にかき消されもして。
「あ、ねぇねぇそういえば!」
何かを思い出したように 伊吹ちゃんはパチンと手を叩き席を立つ。
愛らしいなと微笑み このティーカップは どこのブランド?なんてカップの底を見ようとしたりしてたけれど
「***さん、このニュース観た??」
「ん?」
バサッ
彼女が持って来たのは 今朝の朝刊 そして指さした記事は
「…。」
IT企業社長 脱税疑惑で任意同行…そして
「怪盗ブラックフォックス参上!!」
任意同行する直前にブラックフォックスが社長宅から絵画を盗み出したという一文で。
「…うん。観たよ。」
盗んだ絵画は私と達郎の予想どおり名画『鈴蘭』だった。
「凄いよねぇブラックフォックス。というか警察は悔しかっただろうね。ちょっとの差で逃がしちゃったんだって。」
「…らしいね。」
次は『花水木』…なんだよねきっと。
「カッコいいなぁ。そう思わない?正義の味方だよね!」
「…。」
なにも言えなかった。
怪盗ブラックフォックスこそが闇ルートに流している…そんな確信はないのに もう私はそう思い込み ブラックフォックスを憎らしく思っていたのだから。
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