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知られたくなかった…と言ったら語弊があるか。
「言い方ひとつで随分俺は遊び人になるんだな。」
知らせる必要もなかった…が、正しいのか?
「流輝さん…。」
「お前も何て面してんだよ。」
溢れる涙は俺との関係を後悔しての事だと思う。求め求められた俺達の関係を消し去りたくなった?
「だって…。」
「勝手に解釈して泣くな。」
腕を掴み立ち上がらせながらも 俺をため息交じりに見つめ続けるこの刑事から目を離さなかった。
「面倒くせぇ女…。」
思わず呟いてしまったのは気になって仕方ないこいつへの想いからなのか。
「すいません…。」
「慣れたから良いけど。」
胸に抱き寄せてしまうのは 月を潰したあの夜みたいにこの刑事が恨めしくて仕方ないからか…。
「…説明しろよ。昼間の女との関係。」
「はいはい。」
睨みつけるかのような瞳にこいつはやっぱり***に惚れてるんだと感じた。
初めて会った時もそうだった。お前は何者だって上から下まで何往復するんだって位 目は動く。
あの時の俺…。同じように***を胸に抱き寄せたけれどそれはその目をごまかす為だった。
「…今日会ってた女は」
だけど今は***を絶対に離したくはないから。
「今日会ってた女は?」
そう問うこの男に絶対に渡したくはなかったから。
「…俺の、」
「…俺の?」
ビクッと身体が震えた***の肩をギュッと掴む。
「…嫁。」
「は…。」
ニヤつく俺にこの刑事が一歩足を向けたのが分かった。
・・・・
「…に、なる予定だった女。」
「は…。」
「え…。」
私の胸は…ドキドキしっぱなしだった。
「見合いだよ。…まぁ正しくは見合い前に連絡取って会ったんだけどな。」
彼の話はもちろんだけれど…
「…。」
頬に伝わる流輝さんの胸のぬくもり コロンの香りにいつかの事を思いだす。
あの時の私も胸が張り裂けるくらいドキドキしていた。けれどこんな風に
「…、」
こんな風に…ホッとはしていなかったと思う。
もっと抱きしめて欲しい。もっと彼を感じたい そんな想いで背中に手なんて廻さなかった…
「…ハァ…。」
廻さなかったのにね…。
「って言っても連絡を寄越したのはあっちだよ。お話があるので食事でもどうですかと。丁度良いと思った。俺もそう思ってたから。」
「…。」
耳を当てると声が少しだけ木魂する。その声と心臓の音も…
「ホテルの最上階で食事をした。コース料理だったから二時間かかった。」
私の肩を抱く手の平の温かさ 抱き寄せる…強さ。
「タクシーで向かった先は俺は職場で彼女は男のとこ。」
「は?」
「見合いを断ってくれと頼まれたんだよ。相手も親の都合だからな。」
その彼の全てに身を任せたら…どうしてだろう。堪えた涙が零れ落ちた。
「自分には好きな人がいるからって。だから『ああ、同じですね。』って意気投合。」
涙は彼のシャツを濡らす。
だからきっと気づいたんだと思う 流輝さんはもっとギュッと私を抱き寄せた。
「『僕も大事な子がいるんです。だからお断りしようとしてたんです。』そう言ったよ。」
表情を見なくても分かった。流輝さんが静かに微笑んだこと。
「…。」
疑ってごめんね。
「『柳瀬家の名前を捨てる事になっても良いと思える程 大事な子がいるんです。』…そう言ったよ。」
「…流輝さ…。」
私はこんなにも愛されてるんだね。
・・・・
胸の鼓動は私のもの?それとも流輝さんのもの?
「…っつかお前。随分前からシャツに沁みてんだよ。」
「うう…。」
シャツに出来た涙の痕。流輝さんはやっぱり気づいていて笑いながら私を胸から離した。
「ホント面倒くせぇ女。」
「ううう…。」
頬を両手で包み笑い掛ける彼の顔がぼやけて見える。
「泣くな。」
「はい…。」
「***。」
ズビズビ泣く私に 静かに達郎が近づいてくる。通り過ぎ際私の頭をポンと叩き
「お前、幸せだな。」
そう笑い掛けたから
「うう…。」
私はまた…涙が溢れて。
「…あいつとさ。」
警察の人達と肩を並べ博物館を出て行く達郎の背を見ながら 流輝さんが言った。
「お前、どこまでやったの。」
「え。」
「ここまで?」
「え…。」
・・・・
軽く触れた唇になんて答えたら良かったんだろう。分からなくて
「…もうちょっと。」
「あぁ?ここまで?」
少しだけ深くなったキスを…もっと受け入れたくなったりして
「…もうちょっと。」
「お前、マジ?」
笑いながら頷いた私に呆れたような彼…ここまででは無かったけれど
「マジで面倒くせぇ女。」
・・・・
ハナミズキの下 ぼんやりと足元だけを照らす照明に照らされながら
「どこまで?」
「…もうちょっと。」
私達はしばらく笑いながらキスをした。
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