「お前、役に立たな過ぎ。」
蛭川さんの呆れたような…いや血走っているかのような瞳に私はごくりと息を飲んだ。
「あそこで働き始めてどんだけ経ったっけなぁ…。」
健至さんの大きなため息にも苦笑いを返すしかなく
「まぁなかなかね…。警察だって何も見つけてないわけでしょ?」
宙くんは庇ってくれたけれどその声は小さくそして頼りなく…。
ブラックフォックス作戦会議 黒狐の一番奥の席で冷ややかな視線に身を縮める。
「…すいません。」
梅雨明けももう間近…生ぬるい風がまとわりついて気持ち悪い 雲に隠された月のカタチは分からない。
・・・・
私は未だ椿姫肖像画について何も掴めないでいた。
私だって努力はした。
鴨野橋くんに変な目で見られながらも床をタップするかのように歩き 地下に続く空洞がないか調べたり
壁にへばりついてノックしたり掃除するふりをして絵画の額の裏を調べたり…。
大正のダビンチの最高傑作 彼らの曾おじいさん達の遺言は時を超えて私の頭を悩ませる。
ダビンチはそう簡単には見つけさせはしないだろう。きっと何かトリックのようなものがあるはず…だけれど
「さっぱり分からないんですけど。」
「お前バカだしな。」
蛭川さんの投げ捨てるような言葉にいちいち傷つきながら頬を引きつらせるしかない。
明日、健至さんと宙くんが曾孫が居たであろう幼稚園を訪ねるらしい。
もしかしたら曾孫が先に見つかってそれこそ何の手がかりも掴めない私はまた更に責められるだろうと…
「すいませ~ん!」
「泣き真似し始めたよ。」
健至さんに苦笑いされながらも私の口から出る言葉って言ったらそれしかなくって。
けれど…それでも
「まぁそう責めるなよ。こいつだって色々調べてるんだから。」
「出た…自分の女になった途端激甘。」
蛭川さんの嫌味さえも気にならない?労ってくれた貴方は…。
「もう一度『桜』『花水木』『鈴蘭』を観るか?」
「…はい。」
良いよと頷く流輝さんは私の大事な人。
「ここだけ桃色に染まって吐きそうなんだけど。」
見つめ合い微笑み合う私たちは恋人なのだ。
「まぁまぁ、たっくん。前回のピリピリムードより良いじゃん。」
「拓斗。ひがむなよ。」
「1ミリもひがんでねぇーし!」
「はい、焼ししゃも。」
ドン!!…とテーブルの中央に置かれたのはやっぱりししゃも5匹。
マスターは私達を見渡しながらニコニコと言った。
「まずは曾孫を特定しよう。それから肖像画の在り処を探したって遅くないんだから。」
「はい!」
一番に返事をし焼ししゃもに手を伸ばす私は…これでもホントに焦ってるんだよ〜。
・・・・
「う~ん…。」
流輝さんの部屋でこうして三つの絵画を並べるのは何度目だろう。
「う~ん…。」
壁に凭れさせた絵画の前に立ち 腕を組む事どれくらい?
見落としている事があるはず。この絵画に秘密が隠されているはず…。
隅から隅まで見尽くした。それこそ描かれる少女の表情を真似たりもした。けれど
「…分かんない…。」
ダビンチの謎はどこに隠されているのか。あの博物館のどこに椿姫は…。
「眉間にしわが寄ってんだっつの。」
「痛ッ。」
ふいに額に落ちた指の跳ね。そして目の前を遮った黒い影
お風呂から上がった流輝さんに気づかない程三つの絵画に意識を集中させていたけれど…。
「何か分かったか?」
流輝さんは毎度の如く半裸だったからその素肌にハッと目を見開いてしまった。
「…分かりません…。」
タオルで髪を拭く彼をチラチラと視界に入れながらも神妙な顔をして赤く染まった頬を誤魔化す。
「名作を眺めている顔じゃないな。変に切羽詰ってねぇ?お前。」
ブラックフォックスの皆は私と柳瀬さんが付き合い始めたという事に関して特にどうこう言わなかった。
彼らの私に対する態度は何も変わらない。それこそメンバーとして…けれど私はやけに力んでいた。
だってリーダーの彼女だし…サポートするべき私が足を引っ張るわけにはいかないし。
無意識のうちに顔を出していたプライド。きっとそれを流輝さんは気づいていたんだと思う。
俯いた私の頭を大きな手がポンポンと叩く。流輝さんはタオルを首に掛け
「花言葉覚えてるか?」
そう言いながらベッドに腰を降ろし私を見上げた。
いつか流輝さんが教えてくれた絵画に描かれている花の意味…私は頷き
「桜は『あなたに微笑む』ハナミズキは『私の想いを受け入れてください』スズランは『幸福の訪れ』。」
「椿は?」
「『我が運命は君の手にあり』。」
「***。」
言い切った後 流輝さんは突っ立ったままの私の両手を手に取り小さく息を吐く。そして
「急かした俺達も悪いけれど 本来のお前の感性っていうかな…心の目でこの絵画を見てみろよ。」
そう言って静かに微笑んだ。
「俺達と違ってお前は心底芸術品が好きだろ?粗探ししなくてもお前だったら感じることが出来ると思うんだ。」
「…私だったら?」
「ああ。感じたままが謎を解くキーになるんじゃないかと思う。」
「…。」
変な先入観が視野を狭めていたのかもしれない。
流輝さんの言葉に三つの絵画を改めて眺める私は 眉間にしわを寄せることはなかった。
「お前が椿姫の左手に指輪を見つけて…これこそ真実の愛だなんて言ったみたいにさ。」
「そうですね…。」
それが私だったら良いのにな…。
「ひとつのハッピーエンドの物語みたいだって流輝さん言ってましたよね。」
「そうだっけ?」
「うん。自分には関係ないけどって。」
「…クックッ…。そうだったな。」
想いを込めて両手を握り返した。私を見上げる優しい彼の瞳に微笑み返しながら。
お守りにだってお願いした だから私はきっと見つけられるはず…。
そんな風に初心に戻るべく大きな深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしたんだけれど
「…今日さ。」
不意に解かれた両手。そしてそっと引き寄せられた腰…。
「親父に会って来た。」
「え?」
・・・・
酔ってないのに甘える流輝さんは初めてかもしれない。
腰を抱き寄せウエストに顔を埋める彼はまるで子供のようだった。
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