継続には意味がある。でも、ただ続けるだけではだめだ。

同じことをするにも、前回より今回、今回より次回がよりよくなるようにしたい。

そのほうが上へ登っていけるし、自分自身も楽しい。

現状維持は後退に等しい。
妻とケンカした。

理由は「注文住宅が良かった」と言う妻に腹が立ったから。

今の家は中古住宅だが、かなり新しく、新築と遜色ない。中古にしたのは少しでもコストをおさえようとしたからで、その中で妻の意向も汲んだベターな選択肢だと考えていた。

それがあとになってあーだこーだ言われても、こっちとしてはどうしようもない。買うときに反対された記憶はなく、理解してくれたものだと思っていた。

妻も今の家に大きな不満があるわけではないようだ。だが、妻の為を思って胃をキリキリさせながら決断した身としては、やるせない気持ちになる。

そんなこと言うなと言ったら、いっそういかに注文が良かったかを感情的に言われたから、売り言葉に買い言葉で、「それなら自分で稼げよ!」と言ってしまった。火に油だ。

ケンカを大きくしてしまうのは、まず自分が我慢をしてしまうことにある。我慢して、でも我慢しきれなくなると昔のことまで掘り返してしまう。妻としてはそれが応えるらしい。(ただ、少し何か言えばいつも10倍になって返ってくるので、ただの言い訳ともとれる。)

失礼な言い方だが、根本原因はコンプレックスにあると思う。自分でいうのも何だが、夫・父としての自分は結構非の打ち所がない。逆に妻は、自分が役に立てているか、不安な気持ちがあるのだろう。

だとしたら、自分にできることは、妻に「役立っている」という感覚を持ってもらうことだ。そのためには明確な目的とその達成感を味わってもらうのがいい。

やってもらったことに対して「ありがとう」だけでは物足りない。(最低限必要だが。)妻にしかできないことを見つけ、それを具体的に褒めるのがいいのかもしれない。

例えば、「こんなに家がきれいなのは妻のおかげだ。」とそれとなく言うのもいい。多少白々しくても、言わないより100倍ましだ。

さらに、本質的には自分が「やってあげている」という感覚を持ちすぎているのかもしれない。やっているときはあまり思わないのだが、ふと自分ばかり動いているような気がすると、無性に腹が立つことがある。

「平均的な夫婦」と比べても仕方がないのは百も承知だが、感情はなかなか抑えられない。

まずはもう少しルーズになってもいいのかもしれない。そして、妻を頼ること。妻は行動は遅いが、本来しっかりしていて頼られるのは苦手ではない。(これをされないから逆に不安になっている部分もあるのかもしれない。)

もっとルーズに、もっと妻に頼る。これが今後のテーマになるだろう。
この本は、日本のチェーンストアを牽引してきた「ペガサスクラブ」の創始者である渥美俊一氏によるものである。同クラブはイオンやニトリ、西松屋など今日の小売業の先頭に立つ多くの会社を排出している。

チェーンストアと言うと、価格は安いが品質は中〜低で、面白みのないものだととらえられがちだ。しかし、それは初期の葛藤によるもので、最終的な目標は果てしなく大きい。

渥美氏によると、チェーンストアの目的は「生活者のインフラ」になることで、日本人の生活を豊かにするものである。人々は毎日のように来店し、価格を気にせずに買い物ができるようになる。

インフラになるためには、価格を下げなければならない。そのため、店数の拡大や標準化、ローコストオペレーションは必須なのである。また、どこへ行っても同じサービスを受けられるために、画一化は正義なのである。

この本によると、数十店舗クラスでは国民生活を変えるに至らず、全く十分とは言えない。800店舗でようやく一人前、そこが出発点だ。

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この考えに沿って拡大を続けたのがダイエーだ。一時は隆盛を誇ったが、環境の変化によりなくなってしまった。「何でもたくさん安く」では通用しなくなったのだ

代わって勢いをつけたのが、ニトリやユニクロなどの専門店だ。かなり浸透してきたように見えるが、その勢いはまだ衰えるところを知らない。株式市場でも常に注目の的だ。

これらの企業は、単なる流通業から製造小売業(SPA)へと変貌を遂げている。これこそが、チェーンストアが目指す形だ。これまでのメーカーによる押し付けではなく、消費者に最も近い小売店からニーズをくみ取ることができる。

ニーズに合った商品を安く提供することで、真に生活者のためのインフラになることができる。また、同時に販売側の利益率を上げることにも貢献するのである。

世の中は二極化が進んでいる。ディズニーランドの値上げに代表されるように、「特別な体験」の価値は相対的に高まっている。

一方で、普段の生活はユニクロの服にニトリの家具、百均のキッチン用品で十分だ。それをいつでもどこでも手に取れるようになれば、真にインフラとしての地位を確立したことになるのだろう。

このような視点を持てば、自分がこれまで懐疑的だったチェーンストアの株式価値も見出せるかもしれない。株式市場はまさに「ロールス・ロイスに乗った人が、地下鉄に乗る人の意見をありがたく聞く」場所なのだ。

経営者は孤独だと言うが、今その状態を身を持って感じている。

ひとりで仕事しているという事情はあるが、それ自体はさほど気になってはいない。飲み会にも意識的に顔を出したりして、人と話はしている。

問題は、他人と話をしていて面白くないと感じていることだ。だいたい予想された内容の話が続くし、冗談もどこかよそよそしい。

飲み会の相手はと言うと、昔の同僚や大学院の同窓生だ。以前は話がつまらないと感じることはそんなになかった。特に大学院の友人は、同じ志を持った仲間として大いに盛り上がり、ときには酔いつぶれることもあった。

なぜ楽しかったのかと言えば、ベクトルが同じだったからだろう。目指しているものが似ているし、共通の話題も多いから話が盛り上がる。

卒業から数年が経ち、それぞれの生き方にもばらつきが出ている。それが悪いということは決してないが、やはりベクトルは徐々に違う方向を向いているのだ。

他人とコミュニケーションを取っていて面白いと思うのは、①共通の話題があるとき、②逆に新鮮な情報を得るとき、③そしてよくわからないが波長が合うときだ。

大学院の友人の多くはそこまで親密というわけでもないから、飲み会になると近況報告に終始してしまう。そのため、盛り上がるにはあまり大人数ではなく、特定のテーマを設定するのが有効かもしれない。

また、話題を設定するには自分から提供するのも手かもしれない。Facebookを更新するのも一つの方法だろう。そうすれば、共通の話題を見つけられるし、少なくとも近況報告の手間を省くことができる。

そういえば、経営者の人こそ頻繁に更新している気がする。それが新たなチャンスを呼び寄せるのかもしれない。

待っているだけでは出会いは生まれない。まずはFacebookから動いてみることにしよう。
僕が起業する目的は、自分の好きなように仕事すること、家族との時間を大切にすることだ。まだ安定とは言えないものの、この目的はすでに達成されようとしている。

満足感はある。子供の世話をするのは大変だけど、同時に幸せを感じる。妻との会話が多いのもうれしい限りだ。

一方で、物足りなさを感じているのも事実だ。目的が達成された今、ぽっかり穴が空いてしまっている。人間の欲深さを実感する。

性格的に、次の目標を設定しなければならないようだ。

では、やりたいことは何か。ざっくり言うなら自由だ。もっと行きたいところに行き、いろんな人に会っていろんなものをみたい。

しかし、これが家族と一緒にいる時間を減らしてしまうのも間違いないから、一筋縄ではいかない。ゲームで言えば、新たなステージに入っている。

もちろん、今の状態を維持するのも簡単ではないだろう。何が起こるかなんて予想できない。でも、守りに入ったらそれはそれでつまらない人生だ。

難しく考えなければ、時間を取って出張に行くのはありだろう。アメリカやインドにも行ってみたい。きっと仕事の糧にもなるはずだ。

まずは計画を立てよう。