同期入社の友人が、ふと家を訪ねてきた。

彼とは正直そこまで親密な仲というわけではない。もちろん不仲ではないが、顔を合わせたらひととおりおしゃべりするくらいの関係だ。

今回の訪問も、そんなおしゃべりがきっかけだった。自分が家を買ったと話したら、来てみたいという話になっていた。

こんなのは社交辞令だから、快くOKした。自分はその後会社を辞めたから、そんな話をしたことは全く忘れていた。

彼は有給が取れたからと、当日に連絡してきて、東京から原付でわざわざやってきた。当日に連絡したのは、予定が変わってドタキャンになったら迷惑だろうからという気の使い用だ。

1時間くらい話したが、とてもいい時間になった。もともといいやつだから、妻とも打ち解けて育児の情報交換をしていた。

この歳になり、仕事柄もあって新たな友人を作る機会はそう多くないだろう。外交的なほうでもないので、このまま付き合う人間も減っていくだろうなと、半ば諦めに近い気持ちもあった。

しかし、わずかなきっかけでもこうやって訪ねてきてくれるのは嬉しいことだし、そういう友人は大切にしなければと感じた。人脈は何よりの財産だ。
妻がつわりで、子供にかかりきりだ。

子供の相手は思うようにはいかない。何で泣いているのか判らないことも多いし、機嫌が良くても遊びにいこうと言ってない聞かない。

大変だと思う反面、やりがいを感じることも確かだ。これが子供の将来にどうつながるか。仮にほとんど関係なかったとしても、やらないよりは良かったと思える。

子育ても在る意味「仕事」だが、そこに苦痛はない。そこにあるのは大切に育てようという気持ちだけだ。

これは本物の仕事にも通じる。少しでも事業を良くしようと思ったら、多少手がかかるのは仕方がないと思える。まして、自分で立ち上げた事業ともなると子供同然だ。

共通することは、「愛」なんだと想う。愛は無償で、見返りを求めない。効果がなくても、やったことに意味があるのだ。
200人いる会員のうち、3人だけ添付ファイル付のメールが送れない。

原因はなんとなくわかる。マイクロソフト系のメールサーバーだ。おそらくスパム判定されているのだろう。

それならばと、添付ファイルではなくクラウドを使ったら、メールは送れてもファイルが開けないという連絡が複数入った。

新しいことをするのは難しい。

だからといって、たった3人のイレギュラーを許容していいものか。

いろいろ考えたが、すべての人を満足させられそうな名案は見つからない。

とりあえず、メールが送れない相手は分かっているので、そこだけクラウドで送る対応にしようと思う。これだけなら大した負担ではない。

完璧主義に陥ることなかれ。

妻のつわりで家事のほとんどをやっている。

 

大変なのは大変だ。息をついている暇なんかない。世のワーキングマザーはこれをずっと続けていると考えると、畏敬の念を覚える。

 

とは言え、やってできないことはない。この機会に料理も上達できればと思っている。

 

自分が家にいるからか、妻の調子も1人目よりは良さそうだ。このまま順調に行けば嬉しいことこの上ない。もちろん、過度な期待もしないが。

 

妻が動けないとわかると、いつもだったら起きるイライラもほとんどない。本当の愛とは、無条件で受け入れることなんだと改めて感じた。

 

いつもこんな心持ちでいたいものだ。

妻が二人目を妊娠して、つわりの真っ最中だ。匂いが気になるそうなので、食事も作ることができない。自分が家にいるから、妻に代わって3食作ることになった。

 

料理は普段からやっているから、それ自体に苦労はない。しかし、いくら作っても美味しそうに食べてもらえる訳ではないからちっとも楽しくない。

 

もちろん、妻が悪い訳ではないし、子供のことだから二人で乗り越えて行かないといけない。だからと言って、考えれば考えるほど、自分も辛くなってしまう。

 

二人目だから、これが初めてではない。思い出せば、2年前も同じような状況で妻はつわりに苦しんでいた。少しでもよくなればと、空気のいい所に泊まりにいくなど、色々な手を打った。

 

よく考えたら、その時自分はサラリーマンだった。体調の悪い妻を置いて毎日東京まで会社に行ってたのだ。今はどうだ。毎日家にいて少しでも楽にしてあげられる。それだけでも大きな前進ではないだろうか。

 

一回経験しているからこそわかるが、つわりは時間が解決してくれる。あと2ヶ月ほどの辛抱だろう。それまでの間を妻がいかに楽に過ごせるかが、自分に与えられた仕事なのだ。

 

すぐに理想に到達しようとせず、まずは今の状況を楽しもう。