初めて人前に立って講演を行った。

 

パワーポイントを使うとそれを読んでしまうことになると思ったので、あえてレジュメだけで挑んだ。少し不安はあったが、普段から考えていることを喋るだけだったので、とりあえず時間を埋めることはできた。

 

しかし、少し間延びしてしまった感は否めない。寝ている人もちらほら見かけられた。「つかみ」はそこそこだったが、抽象的な概念の話も長く、特に前半は退屈になってしまったように思う。むしろ、後半の実例にもっと時間を割くべきだと思った。

 

このような漠然とした「講演」で難しいのは、何に焦点を絞って話すかだ。聞き手のことをよく知らないため、レベル感を合わせるのが非常に難しい。正直、同じようなレベルの聴衆と少人数で話しながらやった方がお互いにとって為になると思う。

 

あんまり長い話も考えものだ。長すぎて自分も途中で何をしゃべっているのかよくわからなくなった瞬間もあった。そういう時に言葉に詰まってしまって、準備不足も露呈する(例えば、PERの話はもっとわかりやすく整理しておくべきだった)。

 

効果がどれくらいあるかわからないが、人前で話すトレーニングはいつかしたいと思っている。差し迫った必要性は感じていないが、いいスピーチができた方が、自分の世界も広がると思うからだ。始めるからには早いほどいいだろう。今すぐにでもだ。

妻に切迫早産の兆候あり。幸いすぐに入院とはならなかったものの、自宅で要安静ということだ。

 

1人目の時も切迫早産になり、入院した。当時は子供がいなかったから自分が食えれば良かったが、今は子供がいる。つわりの時と同じように、全ての家事が自分に回ってきた。

 

妻は、少しでも動けば入院の可能性が高まるので細心の注意を払わなければならない。つまり、正真正銘100%自分が家事をやらないといけないのだ。

 

今は仕事に余裕があり、うまく時間を使えば家事も仕事も十分に回すことができる。これが普通にサラリーマンとして勤務していたらと思うとぞっとする。こういう時こそ育児休暇を使わせて欲しいと思うだろう。

 

それにしても、積極的に家事をこなしている上に、ここまで色々重なるとは参ったものである。きっとそういう運命なのだろう。

 

運命だと思えば、それはそれで仕方がない。自分が幸せになるためには、家族が幸せでいることが最重要課題である。妻と子に尽くすことが、自分に与えられた使命なのだろう。

会社は大きければいいというものではない。一代で大きな会社を立ち上げた人は、確かに大きく取り上げられ多くの尊敬を集めるが、イコール幸せというわけではないだろう。小さな会社でも十分な金銭的成功を得て、幸せに暮らしている人は多い。

 

自分にとっては、このまま投資助言業を着実に伸ばしていけば、その状態は達成可能だろう。しかし、それだけでは張り合いがないという事実もある。今ひとつやる気が起きない。

 

やる気を起こすためには、さらに上のレベルへの目標設定が必要だ。だからと言って、闇雲に会社を大きくしただけでは自分の幸せが遠ざかってしまう。

 

目標と幸せの一つの落とし所として、適格機関投資家特例業務による私募ファンドの運用はその一つの答えではないだろうか。

 

投資の助言や運用は誰かに任せたくはなく、ライフワークとしてやっていきたい。人をたくさん雇ったり、忙しくなりすぎたりするのは幸せから離れて行ってしまう。私募ファンドの運営は、その両立が図れる可能性がある。

 

気になるのは、人的要件。果たして自分だけ、または自分プラス1~2名程度で可能なのか。条文を見る限り、無理とはどこにも書いていない。これは助言と同じだ。毎期の作成書類も、そこまで煩雑なものではなさそうだ。いざとなったら専門家の手を借りればいい。

 

ファンドに対しては、適格機関投資家に出資してもらう必要がある。これは、今までにない営業の要素が入ることになり、新たな挑戦と言える。それくらいの面倒は受け入れてもいいと考える。

 

尊敬できる投資の先生は、皆自らのファンドを立ち上げたりしている。自分もそこを目指すなら、ファンドの立ち上げは避けては通れない道だろう。すぐにということではないが、目指す先にあるものとして頭に置いておきたい。

今後の展開として、ファンドの設立の可能性を考えてみたい。経営者の知り合いが、周囲はお金はあっても運用に困っているという話を聞いたからだ。

 

不特定多数の一般投資家にファンドを販売しようと思ったら、投資運用業の登録を行わなければならない。そのためには最低資本金が5,000万円以上必要であり、人的要件を踏まえるとさらに数人のスペシャリストを雇う必要がある。

 

ここまで行ってしまうと、現在の心地よい経営から脱して、会社を大きくする方向性を考えなければならない。それは挑戦であっても、決して目的ではない。

 

その一段階前としては、適格機関投資家特例業務がある。要は「プロ私募」で、1名以上の機関投資家と49名以下の一般投資家への募集だ。これは届出で足り、追加の資本金や人的要件は必要ない。機関投資家も、何とかする方法はあるだろう。

 

問題は、手間に見合うリターンを得られるかどうかだ。10億円集められたとして、ヘッジファンドで一般的な管理報酬1%、成功報酬20%とすると、管理報酬1,000万円/年、30%のリターンで成功報酬6,000万円/年だ。運用がうまくいかないと割に合わないが、成功すれば大きい。一度勝負に出るには面白い方法でもあると思う。逆に、成功報酬のない資産運用業ほど割に合わないものはない。

 

時期を見てやってみる価値はあると思う。投資に携わっている以上、やはり自分の腕を試したいとは思うものだ。もちろん、今の助言で投資哲学を確立し、自信を持ってやれるようになってからだが。

 

それよりライトな案としては、モデルポートフォリオを示し、それ通りに運用してもらうという方法が考えられる。これなら何も問題ないが、顧客の手間になり、成功報酬は得られない。むしろ、今の助言のオプションとしてやるべきことだろう。

 

米国のいわゆる「ヘッジファンド」は、そのほとんどが中小企業によるものであり、SOHOすらあると言われる。それをモデルに考えると、今の形態を大きく崩す必要なくやれるかもしれない。すぐにというわけではないが、頭の片隅に置いていたいと思う。

最近メディアを賑わせているのが、芸能人や政治家の不倫のニュースである。不倫をした人に対するバッシングは昔にも増して凄まじいように感じる。

 

不倫は結婚相手を傷つけるという行為において倫理上はよくないことだろう。しかし、それは当事者間の問題であって、社会的なバッシングに至るほどの要因になるのだろうか。

 

これが法律に違反していたのなら、社会的なバッシングもやむを得ないと思う。法治国家の是非は別にして。だが、不倫は法律上は犯罪ではない。

 

かつて日本にも「姦通罪」が存在していたが、これは女性にのみ適用される不平等なものであり問題が多い。男女共に不倫が犯罪になる国もあれば、一夫多妻が認めれられている国もあり(これも男女差別だが)、法的な評価は世界でも割れている。

 

日本において法律に依拠するとすれば、不倫が離婚事由になるということであろう。しかし、不倫が法律ではなく当事者間の問題にすぎないと言うならば、結婚は私的な契約であり、その契約に「不倫はいけない」とすることになっていなければならない。

 

裁判所が一方的に不倫を離婚事由とするならば、そこにあるのは「社会通念上」と言う曖昧な基準のみであり、とすれば「社会通念とは何か」を掘り下げなければならない。

 

この「社会通念」は時代と場所によっても変わる。戦前は「妾」が公然と行われていたことからも、不倫に対する社会の捉え方は今と昔では大きく違っていると言って良いだろう。

 

連続テレビドラマ小説「ひよっこ」では、富さんが俳優と愛人関係にあった描写があるが、これを現代に直すとやはり不倫であり、ベッキーと何ら変わりない。それでも全くバッシング対象にならないのは、時代やそこに至るストーリーなどの「背景」が違っているからだろう。

 

私の意見としては、不倫はやはり個人間の問題にすぎないと考えている。問題は結婚と言う行為にに「不倫はいけない」と明示されているのかどうかがはっきりしないことだ。結局これも移りゆく「社会通念」によって決まるものだ。

 

石田純一は「不倫は文化」と言ったが、これほど的を射た発言はないと思う。文化であるからこそ、メディアに出るような人は時代の空気を読む力が要求されるのだ。

 

※筆者はパートナーを傷つける不倫には全面的に反対だし、まして自分がするつもりはない。不倫ダメ、ゼッタイ。

 

※筆者は法律の専門家ではなく、法律的な記述の正確性は不明。