THOUSAND WINDS -78ページ目

悪い

取り返しのつかない事をしたみたいな自戒の念、
でも教会名明かしてないし
でも実在する教会なら
キリスト教の教会の「恥」をさらしたことになる。
しかもこんな下らない書き物久しぶりに書いたら
400アクセスオーバー。
自分から悪い噂まきちらした事になる。
これで教会の実名出してたら、
間違いなくつぶれる位のインパクトはあっただろう。
ブログはある意味怖い。
今回ちょっとだけ反省し、
またしばらく留守にするつもり。

失ったもの

今日の反省会。
まず新規の教会へは先に予約を入れてから行きましょう。
面識のない相手と会う場合には、事前に日時を約束しておきましょう。
誰でもいいからつかまえて、あなたが××さんですかと、確認を取りましょう。
うざくても一応礼拝終わった後の自己紹介は引き受けときましょう。
受付で(そんなもんあったか?)ちゃんと自分の身元を教会側へ告げましょう。
最後に
うさんくさい所だったら、
最初から行かないようにしましょう。
それに尽きるよな、うん。

それをどろなわと言うのだよ

もう知らん。さっきのあれ、さらにこじれてしまった。
本人来てたらしい。
いっこも気がつかなかったらしい。
声かけたって言ってるけど私は覚えがない。
そして何てよそよそしい物言い、腹が立った。
本家ついったでこんな事書き出せば、
炎上するの分かってるから沈黙を保つけど、
こちらで思いのはけ言わせてもらいたい。
リアルでoffりたかったのは確かだが、
氷みたいに冷たい奴だとは思わなかった。何か鳥肌が立つ。
しばらく怒りがおさまらんので
結局行くんじゃなかった。
しばらくリアルのoffなんか私には縁なき事かと

会いたい

せっかくの主日を、あんな所で台無しにする位だったら、
私は大阪の福音教会へ行きたい。
かつて、客先が大阪の中央区だった時に、
仕事で詰めていた時に、
近くに古い教会があって、
正午礼拝を行っていた。
実際には12:20からだったんだが、
お昼ご飯を早く頂き、水曜だけその正午礼拝に参加した。
そこは木造の教会で、小型のパイプオルガンもあり、
省略版の短い礼拝が行われていた。
平日なのにいつも30名近くの人が集っていた。
牧師さんが2名、うち一人は性別不明?の、
やたら背が低い牧師さま、
ちゃんとしたスーツに身を包んでいる。
ちなみにうちとこの司祭は逆にのっぽさん、おっと。
その小さな牧師先生の説教がとても素敵で、
聖書の箇所の一行一句まで、緻密に解説された、
マニア好みな内容。
どこか世間話みたいなウケを狙うようなうちとこのせっきょ、おっとっと、
違う。
わざわざ電車賃払って、遠路はるばる行く意味が果たしてあるのか。
今日のような素人の世間話みたいな、信徒の奨励聞かされる位なら、
あちらに行く方がなんぼかまし。
一度また訪れたいものだ。
唯一聖職者で尊敬の念を抱いている。

ふびんでならない

使徒信経を唱える。
詩編をみんなで交互に唱える。
聖書の朗読がある。
そして説教がある。
主の祈りを唱える。
歌は何回か各所で歌う。
礼拝が終わる。
連絡事項が読まれる。
交わりの場と称して、昼食会がある。
それをいつも顔付き合わせたメンバーで行う。
どこのプロテスタント教会も同じ。
私は思う。
これのどこに救いがある?
教会くんだりに来て我々は一体何をやっている?
霊的な恵みか何か知らんがそんな事ポスターか貼ってあったけど、
どこがどう霊的だと言える?
毎週毎週同じ事をして、
確かに説教の箇所、説教の内容はその都度変わると思う。
しかしどう見たってこれはただのルーチンワーク、
そこに神様の導きが私には見い出せない。
レクティオ・ディビィナ。
教会なんぞ行かず、家で聖書と共に黙想してた方が、なんぼか霊的な恵みが
得られそうに見えるんだが。
ああ言う教会、あちこちにあるんだろうか。
とてもふびんでならない。
プロテスタントはことに日本じゃもう
末期的状態なんだろうか