ふびんでならない | THOUSAND WINDS

ふびんでならない

使徒信経を唱える。
詩編をみんなで交互に唱える。
聖書の朗読がある。
そして説教がある。
主の祈りを唱える。
歌は何回か各所で歌う。
礼拝が終わる。
連絡事項が読まれる。
交わりの場と称して、昼食会がある。
それをいつも顔付き合わせたメンバーで行う。
どこのプロテスタント教会も同じ。
私は思う。
これのどこに救いがある?
教会くんだりに来て我々は一体何をやっている?
霊的な恵みか何か知らんがそんな事ポスターか貼ってあったけど、
どこがどう霊的だと言える?
毎週毎週同じ事をして、
確かに説教の箇所、説教の内容はその都度変わると思う。
しかしどう見たってこれはただのルーチンワーク、
そこに神様の導きが私には見い出せない。
レクティオ・ディビィナ。
教会なんぞ行かず、家で聖書と共に黙想してた方が、なんぼか霊的な恵みが
得られそうに見えるんだが。
ああ言う教会、あちこちにあるんだろうか。
とてもふびんでならない。
プロテスタントはことに日本じゃもう
末期的状態なんだろうか