朝の三時に考えた事
QT @LUCIA_INDEX: 人間は神が思うところのものから遠く離れていて、とても予定していたようかな性質のものじゃなくなってしまってため、一度は神から見放され、罪人と見なされるようになった。
QT @LUCIA_INDEX: それは初めのアダムやイブだけじゃなく、全ての人間に対して下された判決だった。でもその結果に対して神自身が不服であった。それである一人の人間を代表として選び、自分の意に叶うかどうか確かめようとした。
QT @LUCIA_INDEX: そのただの人の子に過ぎなかった者を、メシアと周りから認めさせ、あえて受難の道を選ぶよう仕向けた。実際に彼は最後まで(多分)神に忠実だった為、彼に対する罪は全て許され、自らの右の座にかくまわれた
QT @LUCIA_INDEX: そのたまたま神の気まぐれによって選ばれた、人類の代表が、神の意に叶ったみたいなので、神は気を良くして、全人類の罪を赦す為の福音を考案なさった。つまり彼の身に起きた今回の出来事について、全く疑わずに信じた者を赦す事
QT @LUCIA_INDEX: つまり彼が一度は十字架の上で死に、それを父なる神が死の淵から拾い上げ、復活させた事を信じる事。その事だけが彼に託された指命だった。神の業を信じると言う事は、神の意に叶う事を意味し、彼同様に赦しを与えようと
QT @LUCIA_INDEX: その事には何の行いも不要だった。行いによって神の意思を自在に変えるなど、おこがましい事であったから。ただその事を信じるだけで良かった。そうすれば皆に聖霊と言う助け舟が与えられ、神の子として死後も神の国に迎えられるであろうと。
QT @LUCIA_INDEX: 私には以上書いたような事しか、聖書だけからは読み取れなかった。聖書のどこにも三位一体なる定義などなかったし、イエスが神の第二位格だの、ペルソナだとも全く書かれてはいなかった。
QT @LUCIA_INDEX: つまりはそれさえも解釈に過ぎない。誰か言い出しっぺがいて、そこから話が膨らんで、今みたいな矛盾を抱えた教義が産み出されてしまった。その他のまだ理路整然として分かりやすい定義はことごとく異端として闇に葬られた
QT @LUCIA_INDEX: だからこそ私は思う。例え昔に異端とされた解釈であろうと、純粋に聖書そのものから導き出される結論に帰依し、生きていこうと。各教派ごとに独自に定められた解釈は捨て置こうと。私はただ聖書に忠実でありたいだけなのだと
QT @LUCIA_INDEX: ただ、イエスの本来の教えと、聖書に書かれた事が仮に一致しなければ、それさえも疑い出したらもはやキリスト教は信じる事が出来なくなってしまう。以上ここらで中断
Android携帯からの投稿
QT @LUCIA_INDEX: それは初めのアダムやイブだけじゃなく、全ての人間に対して下された判決だった。でもその結果に対して神自身が不服であった。それである一人の人間を代表として選び、自分の意に叶うかどうか確かめようとした。
QT @LUCIA_INDEX: そのただの人の子に過ぎなかった者を、メシアと周りから認めさせ、あえて受難の道を選ぶよう仕向けた。実際に彼は最後まで(多分)神に忠実だった為、彼に対する罪は全て許され、自らの右の座にかくまわれた
QT @LUCIA_INDEX: そのたまたま神の気まぐれによって選ばれた、人類の代表が、神の意に叶ったみたいなので、神は気を良くして、全人類の罪を赦す為の福音を考案なさった。つまり彼の身に起きた今回の出来事について、全く疑わずに信じた者を赦す事
QT @LUCIA_INDEX: つまり彼が一度は十字架の上で死に、それを父なる神が死の淵から拾い上げ、復活させた事を信じる事。その事だけが彼に託された指命だった。神の業を信じると言う事は、神の意に叶う事を意味し、彼同様に赦しを与えようと
QT @LUCIA_INDEX: その事には何の行いも不要だった。行いによって神の意思を自在に変えるなど、おこがましい事であったから。ただその事を信じるだけで良かった。そうすれば皆に聖霊と言う助け舟が与えられ、神の子として死後も神の国に迎えられるであろうと。
QT @LUCIA_INDEX: 私には以上書いたような事しか、聖書だけからは読み取れなかった。聖書のどこにも三位一体なる定義などなかったし、イエスが神の第二位格だの、ペルソナだとも全く書かれてはいなかった。
QT @LUCIA_INDEX: つまりはそれさえも解釈に過ぎない。誰か言い出しっぺがいて、そこから話が膨らんで、今みたいな矛盾を抱えた教義が産み出されてしまった。その他のまだ理路整然として分かりやすい定義はことごとく異端として闇に葬られた
QT @LUCIA_INDEX: だからこそ私は思う。例え昔に異端とされた解釈であろうと、純粋に聖書そのものから導き出される結論に帰依し、生きていこうと。各教派ごとに独自に定められた解釈は捨て置こうと。私はただ聖書に忠実でありたいだけなのだと
QT @LUCIA_INDEX: ただ、イエスの本来の教えと、聖書に書かれた事が仮に一致しなければ、それさえも疑い出したらもはやキリスト教は信じる事が出来なくなってしまう。以上ここらで中断
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3月20日に投稿したなう
二台欲しい。ケータイも捨てがたい。なうは、ケータイじゃなきゃできない
3/20 2:36
もうちょつと書きやすくならないかな、このなうは、とてもじゃないがまだケータイからの方がまし。おおっ、俺って今、指だけで書いてる。人さし指の先で、押すんだ
3/20 13:13
もうちょつと書きやすくならないかな、このなうは、とてもじゃないがまだケータイからの方がまし。おおっ、俺って今、指だけで書いてる。人さし指の先で、押すんだ
3/20 13:13
これから先の自分の不幸について、少し考えながら、・・・やっぱりあかんわ、これ書きにくいて
3/20 13:16
ケータイに戻りたい。やはりスマホ版は駄目だ。全くちかいものにならにい。バグだらけだ
3/20 14:06
たまにおかしくなるのか、このスマートフォン版なうは、文字入力の所がどうも二重になったりして。非常にかきにくくなる。まあそんな不具合がなくても、十分書きにくいのだが
3/20 18:42
スマートフォンで書いているから、理性が保たれている事に気付いた。つまりケータイより余計に、間違わないか神経を使って書くからこそ、余計な悩み事に縛られずに済んでいる、パラドックスだな
3/20 18:45
一体どうやったらこんな、短時間内に、複数ものツイートが出来るだろうか、不思議でならないのだが
3/20 18:47
入力ボックスが二行になる問題は、何か解決した模様。でも何だな、いちいち頭の中でフリックで入力する時の方向考えながら書くのは疲れる、ほんとにどうにかならないものか
3/20 18:50
ありがとうごさいます。感謝てす。またここで続けようと思いました。
3/20 22:59
何でなうはこんなにも静かなんでしょうかね。私のあちらのツイッターが異常なだけなのか。おかげで落ち着いて書けるのでありがたい。
3/20 23:02
何かね私には今日が日曜日みたいに思えてならないのですが。大分とちゃんと書けるようになりました。これも感謝です。仕事以外はある程度うまくいってる
3/20 23:04
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エゼキエル書
第1章
1:1
第三十年四月五日に、わたしがケバル川のほとりで、捕囚の人々のうちにいた時、天 が開けて、神の幻を見た。
1:2
これはエホヤキン王の捕え移された第五年であって、その月の五日に、
1:3
主の言葉がケバル川のほとり、カルデヤびとの地でブジの子祭司エゼキエルに臨み、 主の手がその所で彼の上にあった。
1:4
わたしが見ていると、見よ、激しい風と大いなる雲が北から来て、その周囲に輝きが あり、たえず火を吹き出していた。その火の中に青銅のように輝くものがあった。
1:5
またその中から四つの生きものの形が出てきた。その様子はこうである。彼らは人の 姿をもっていた。
1:6
おのおの四つの顔をもち、またそのおのおのに四つの翼があった。
1:7
その足はまっすぐで、足のうらは子牛の足のうらのようであり、みがいた青銅のよう に光っていた。
1:8
その四方に、そのおのおのの翼の下に人の手があった。この四つの者はみな顔と翼を もち、
1:9
翼は互に連なり、行く時は回らずに、おのおの顔の向かうところにまっすぐに進ん だ。
1:10
顔の形は、おのおのその前方に人の顔をもっていた。四つの者は右の方に、ししの顔 をもち、四つの者は左の方に牛の顔をもち、また四つの者は後ろの方に、わしの顔を もっていた。
1:11
彼らの顔はこのようであった。その翼は高く伸ばされ、その二つは互に連なり、他の 二つをもってからだをおおっていた。
1:12
彼らはおのおのその顔の向かうところへまっすぐに行き、霊の行くところへ彼らも行 き、その行く時は回らない。
1:13
この生きもののうちには燃える炭の火のようなものがあり、たいまつのように、生き ものの中を行き来している。火は輝いて、その火から、いなずまが出ていた。
1:14
生きものは、いなずまのひらめきのように速く行き来していた。
1:15
わたしが生きものを見ていると、生きもののかたわら、地の上に輪があった。四つの 生きものおのおのに、一つずつの輪である。
1:16
もろもろの輪の形と作りは、光る貴かんらん石のようである。四つのものは同じ形 で、その作りは、あたかも、輪の中に輪があるようである。
1:17
その行く時、彼らは四方のいずれかに行き、行く時は回らない。
1:18
四つの輪には輪縁と輻とがあり、その輪縁の周囲は目をもって満たされていた。
1:19
生きものが行く時には、輪もそのかたわらに行き、生きものが地からあがる時は、輪 もあがる。
1:20
霊の行く所には彼らも行き、輪は彼らに伴ってあがる。生きものの霊が輪の中にある からである。
1:21
彼らが行く時は、これらも行き、彼らがとどまる時は、これらもとどまり、彼らが地 からあがる時は、輪もまたこれらと共にあがる。生きものの霊が輪の中にあるからで ある。
1:22
生きものの頭の上に水晶のように輝く大空の形があって、彼らの頭の上に広がってい る。、
1:23
大空の下にはまっすぐに伸ばした翼があり、たがいに相連なり、生きものはおのおの 二つの翼をもって、からだをおおっている。
1:24
その行く時、わたしは大水の声、全能者の声のような翼の声を聞いた。その声の響き は大軍の声のようで、そのとどまる時は翼をたれる。
1:25
また彼らの頭の上の大空から声があった。彼らが立ちとどまる時は翼をおろした。
1:26
彼らの頭の上の大空の上に、サファイヤのような位の形があった。またその位の形の 上に、人の姿のような形があった。
1:27
そしてその腰とみえる所の上の方に、火の形のような光る青銅の色のものが、これを 囲んでいるのを見た。わたしはその腰とみえる所の下の方に、火のようなものを見 た。そして彼のまわりに輝きがあった。
1:28
そのまわりにある輝きのさまは、雨の日に雲に起るにじのようであった。主の栄光の 形のさまは、このようであった。わたしはこれを見て、わたしの顔をふせたとき、語 る者の声を聞いた。
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1:1
第三十年四月五日に、わたしがケバル川のほとりで、捕囚の人々のうちにいた時、天 が開けて、神の幻を見た。
1:2
これはエホヤキン王の捕え移された第五年であって、その月の五日に、
1:3
主の言葉がケバル川のほとり、カルデヤびとの地でブジの子祭司エゼキエルに臨み、 主の手がその所で彼の上にあった。
1:4
わたしが見ていると、見よ、激しい風と大いなる雲が北から来て、その周囲に輝きが あり、たえず火を吹き出していた。その火の中に青銅のように輝くものがあった。
1:5
またその中から四つの生きものの形が出てきた。その様子はこうである。彼らは人の 姿をもっていた。
1:6
おのおの四つの顔をもち、またそのおのおのに四つの翼があった。
1:7
その足はまっすぐで、足のうらは子牛の足のうらのようであり、みがいた青銅のよう に光っていた。
1:8
その四方に、そのおのおのの翼の下に人の手があった。この四つの者はみな顔と翼を もち、
1:9
翼は互に連なり、行く時は回らずに、おのおの顔の向かうところにまっすぐに進ん だ。
1:10
顔の形は、おのおのその前方に人の顔をもっていた。四つの者は右の方に、ししの顔 をもち、四つの者は左の方に牛の顔をもち、また四つの者は後ろの方に、わしの顔を もっていた。
1:11
彼らの顔はこのようであった。その翼は高く伸ばされ、その二つは互に連なり、他の 二つをもってからだをおおっていた。
1:12
彼らはおのおのその顔の向かうところへまっすぐに行き、霊の行くところへ彼らも行 き、その行く時は回らない。
1:13
この生きもののうちには燃える炭の火のようなものがあり、たいまつのように、生き ものの中を行き来している。火は輝いて、その火から、いなずまが出ていた。
1:14
生きものは、いなずまのひらめきのように速く行き来していた。
1:15
わたしが生きものを見ていると、生きもののかたわら、地の上に輪があった。四つの 生きものおのおのに、一つずつの輪である。
1:16
もろもろの輪の形と作りは、光る貴かんらん石のようである。四つのものは同じ形 で、その作りは、あたかも、輪の中に輪があるようである。
1:17
その行く時、彼らは四方のいずれかに行き、行く時は回らない。
1:18
四つの輪には輪縁と輻とがあり、その輪縁の周囲は目をもって満たされていた。
1:19
生きものが行く時には、輪もそのかたわらに行き、生きものが地からあがる時は、輪 もあがる。
1:20
霊の行く所には彼らも行き、輪は彼らに伴ってあがる。生きものの霊が輪の中にある からである。
1:21
彼らが行く時は、これらも行き、彼らがとどまる時は、これらもとどまり、彼らが地 からあがる時は、輪もまたこれらと共にあがる。生きものの霊が輪の中にあるからで ある。
1:22
生きものの頭の上に水晶のように輝く大空の形があって、彼らの頭の上に広がってい る。、
1:23
大空の下にはまっすぐに伸ばした翼があり、たがいに相連なり、生きものはおのおの 二つの翼をもって、からだをおおっている。
1:24
その行く時、わたしは大水の声、全能者の声のような翼の声を聞いた。その声の響き は大軍の声のようで、そのとどまる時は翼をたれる。
1:25
また彼らの頭の上の大空から声があった。彼らが立ちとどまる時は翼をおろした。
1:26
彼らの頭の上の大空の上に、サファイヤのような位の形があった。またその位の形の 上に、人の姿のような形があった。
1:27
そしてその腰とみえる所の上の方に、火の形のような光る青銅の色のものが、これを 囲んでいるのを見た。わたしはその腰とみえる所の下の方に、火のようなものを見 た。そして彼のまわりに輝きがあった。
1:28
そのまわりにある輝きのさまは、雨の日に雲に起るにじのようであった。主の栄光の 形のさまは、このようであった。わたしはこれを見て、わたしの顔をふせたとき、語 る者の声を聞いた。
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