ポリカーボネイトのおかげ
ポリカーボネイト自体は良く分かりませんけど、
かつてキャノンのEOSが出た時とか驚いたわけだ。
何かぶっとくてけったいなデザインのカメラが出たなと。
そのうちプラスチック製の一眼レフが何となく主流となって、
角のない丸っこいのがあちこちで見かけるようになった。
プロ用の一眼レフにまでプラスチックの波が押し寄せ、世論は割れて本当に大丈夫なのかと言った不安が生じた。
今じゃむしろ金属より丈夫である事が判明してる。
レンズマウントやシャッター幕にまでこのプラスチックは採用された。
また海外ではピストルのボディもプラスチックが採用されている。
時代がデジカメとなり、一眼レフはほとんどプラが全盛でも、
コンパクトデジカメは金属製が多い。
また薄型ケータイにも金属が多用されているみたいに見える。
このポリカーボネイトなる素材を開発した人をあがめたくなる。
世の中これの使い道の多さは数えきれない程。
これが世の中になかったら、
世の中少しは不便になっていたかも知れないと思いつつ
プラのケータイを閉じる。
かつてキャノンのEOSが出た時とか驚いたわけだ。
何かぶっとくてけったいなデザインのカメラが出たなと。
そのうちプラスチック製の一眼レフが何となく主流となって、
角のない丸っこいのがあちこちで見かけるようになった。
プロ用の一眼レフにまでプラスチックの波が押し寄せ、世論は割れて本当に大丈夫なのかと言った不安が生じた。
今じゃむしろ金属より丈夫である事が判明してる。
レンズマウントやシャッター幕にまでこのプラスチックは採用された。
また海外ではピストルのボディもプラスチックが採用されている。
時代がデジカメとなり、一眼レフはほとんどプラが全盛でも、
コンパクトデジカメは金属製が多い。
また薄型ケータイにも金属が多用されているみたいに見える。
このポリカーボネイトなる素材を開発した人をあがめたくなる。
世の中これの使い道の多さは数えきれない程。
これが世の中になかったら、
世の中少しは不便になっていたかも知れないと思いつつ
プラのケータイを閉じる。
ここはどこ
朝は時間が少ない。
あえて早起きする気にもなれない。
昨日は書き過ぎた。
今日からは少しおとなしい生活になる。
先行き全く楽観視していない。
この非日常な生活がどこまで続くか、
それが問題。
やがてはこれも日常化するのだろう。
体の調子を気にし過ぎる。
しばらく詩を書くゆとりもなさそう。
朝の時間はまことにせわしない。
そろそろ時間か
あえて早起きする気にもなれない。
昨日は書き過ぎた。
今日からは少しおとなしい生活になる。
先行き全く楽観視していない。
この非日常な生活がどこまで続くか、
それが問題。
やがてはこれも日常化するのだろう。
体の調子を気にし過ぎる。
しばらく詩を書くゆとりもなさそう。
朝の時間はまことにせわしない。
そろそろ時間か
とてもじゃないがあちらにゃ書きにくい
昔だったら宗教裁判ものだな。
全部読みました、ええ。
とある不信心者もしくは異端者の素朴な心の叫び、聞いたって下さい。
どうして生まれながらに罪ある者なんかを創造されたのか。
リンゴごとき食べた位で永遠に子々孫々に渡って罪人呼ばわりか。
先祖が何したかは知らない。
でも我々が一体何をした。
回りくどい事せんと、どうして無条件に許してくれない。
何でそんな選民思想みたいな事を、神はなされるのか。
罪許されて救われる為に、条件をもうけるのか。
洗礼を受けた事は罪を許された事になるのか。
だったら相変わらず我々がやるあの「懺悔」とは一体何か。
我々はいつまで神に対し、自分の罪について謝り続けなければならないのか。
神から離れたと言うが、旧約を読む限り感じられるのは、
神の消失、いつの間にか
神の人への介入の仕方が、
時代がたつにつれて淡白になって行ってるじゃないか。
むしろ神こそが、人間から遠ざかって行ったのではなかったか。
だから今再び、メシア運動、
神の国、神による地上の支配を、
夢見たのではないのか。
それ自体は失敗したのだが。
さいは投げられた。
これが今の所の私の所感。
全部読みました、ええ。
とある不信心者もしくは異端者の素朴な心の叫び、聞いたって下さい。
どうして生まれながらに罪ある者なんかを創造されたのか。
リンゴごとき食べた位で永遠に子々孫々に渡って罪人呼ばわりか。
先祖が何したかは知らない。
でも我々が一体何をした。
回りくどい事せんと、どうして無条件に許してくれない。
何でそんな選民思想みたいな事を、神はなされるのか。
罪許されて救われる為に、条件をもうけるのか。
洗礼を受けた事は罪を許された事になるのか。
だったら相変わらず我々がやるあの「懺悔」とは一体何か。
我々はいつまで神に対し、自分の罪について謝り続けなければならないのか。
神から離れたと言うが、旧約を読む限り感じられるのは、
神の消失、いつの間にか
神の人への介入の仕方が、
時代がたつにつれて淡白になって行ってるじゃないか。
むしろ神こそが、人間から遠ざかって行ったのではなかったか。
だから今再び、メシア運動、
神の国、神による地上の支配を、
夢見たのではないのか。
それ自体は失敗したのだが。
さいは投げられた。
これが今の所の私の所感。
個人的には許される事
病院とかで誰かの描いた絵をデジカメで写し、帰ってからカラープリンタで印刷して飾る。
それが商用とか外に公開するんじゃなかったら、
一応は黙認される。
デジカメがそれなりに高級化してきて、
街中にあふれかえる芸術品のかけらを、
すべてコピーとして持ち帰れるような時代になった。
またWEBなどでは有名な名画をサイズは小さくても、
自由にダウンロードして、
コピーを楽しめるようになった。
レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザの絵も家にしばらく飾っていた。
もはやこれだけ電子媒体がはびこる時代において、
著作権とか特許とか言うのは、
果たしてどうなっていくのか。
個人目的ならこれまでなら何百万円とした絵の複製を、
ただで手に入れる事が出来てしまう。
ちなみに先程のモナリザは、
ルーブル美術館のサイトから直接頂いた。
ここの部屋にも誰が描いたか知れない複製画が飾ってある。
これを記念として覚える為にと、ケータイカメラで写して持ち帰っても、
個人利用ならOKなんだろうか。
でもそんな事しない
それが商用とか外に公開するんじゃなかったら、
一応は黙認される。
デジカメがそれなりに高級化してきて、
街中にあふれかえる芸術品のかけらを、
すべてコピーとして持ち帰れるような時代になった。
またWEBなどでは有名な名画をサイズは小さくても、
自由にダウンロードして、
コピーを楽しめるようになった。
レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザの絵も家にしばらく飾っていた。
もはやこれだけ電子媒体がはびこる時代において、
著作権とか特許とか言うのは、
果たしてどうなっていくのか。
個人目的ならこれまでなら何百万円とした絵の複製を、
ただで手に入れる事が出来てしまう。
ちなみに先程のモナリザは、
ルーブル美術館のサイトから直接頂いた。
ここの部屋にも誰が描いたか知れない複製画が飾ってある。
これを記念として覚える為にと、ケータイカメラで写して持ち帰っても、
個人利用ならOKなんだろうか。
でもそんな事しない
